出雲大社をお参りした際には、出雲そばとデザートに出雲ぜんざいを食べて帰るのが観光の定番と言われている。実はそばとぜんざい以外にも出雲ならではのご当地グルメが、出雲大社の門前にはある。大社やきそばだ。
大社やきそばが食べられるお店で最も有名なのが「きんぐ」だ。出雲大社の二の鳥居前から海側に向かって路地を入った先にある。道筋にはいくつもの出雲そば店が軒を連ねるが、その一方で道ばたの電柱には「大社焼きそば きんぐ」の看板がやたらと目に付く。看板を目印にしばらく歩くと、いかにも地元の食堂といった風情のお店にたどり着いた。2階には座敷もあり、地元の宴会にも対応しているという。
メニューの筆頭はラーメン。カツ丼や牛丼といった丼物、鶏の唐揚げやとんかつの定食もある。まさにどこの町にでもある定食屋のメニューだ。ある意味、観光客がわざわざ出雲まで来て食べたいと思うようなメニュー構成ではない。ただし、やきそばが一風変わっている。
通りの派手な看板の割に、メニューには「大社」の2文字はつかない。シンプルに「焼きそば」とだけ表記されている。いったいどんなやきそばか? 端的に言うと、薄味で仕上げたやきそばに好みでソースをかけながら食べるものだ。「きんぐ」のホームページには、「出雲そばから着想を得た」とある。出雲そばは、温・冷ともにつゆをかけながら食べるもの。冷たい割子そばなら、つゆをかけ1段食べ終わるごとに残ったつゆをその次の割子にかけていただくのが作法。大社焼きそばも同様に、ソースをかけながら食べすすめるという訳だ。
縁に「きんぐ」の店名が入った楕円形の皿にのって運ばれてきたやきそばは色が薄い。かつて食べた金沢の小松塩焼きそばのような色合いだ。まずはソースをかけずに食べてみる。薄く味付けされているが、確かにソースをかけたくなる味付けだった。
使うソースは2種類。いずれもウスター系のさらっとしたソースだった。デフォルトのソースは少し酸味のある味わい。辛口ソースはスパイシー。好みで選んでかけて食べる。両方かけてもいい。麺が細く、油もまとっており、粘り気のないソースはさほど麺には絡まない。味を確かめながらソースをかけていたら少しかけ過ぎてしまった。
麺は、生麺を一度湯がいてから炒める。腰がありながら柔らかいのが特徴だ。湯通ししていることも加え、調理中にソースを加えないので、歯触りが柔らかい。焼きそば特有の香ばしさは希薄で、汁麺やつけ麺ともまた違った味わい。ソースと麺の相性を味わうような仕上がりだ。
麺を調味料で味わうというスタンスなら、おろし焼きそばもぜひ食べておきたい。メニューにはのっていないが、注文には即座に応じてくれた。楕円の皿にのったやきそばは通常と同じもの。それに、大根おろしとポン酢が添えられて出てくる。ソースの代わりにおろしポン酢で食べるのだ。
食感が柔らかく、油っぽくもないので、個人的にはおろしポン酢の方が美味しいと思うほどだ。そもそも中華っぽさが乏しい味だが、より和風に、さっぱりと食べられる。いずれも後がけなので、おろしを頼めば、ソースとポン酢の二つの味を楽しめる。
「きんぐ」以外の店もチェックしておこう。訪れたのは一畑電鉄出雲大社前駅そばにある「お食事処奴」。非常にこぢんまりとしたお店で、カウンターの向こうにはおでん鍋もあり、地元の常連を相手にした居酒屋といった風情だ。しかし、ランチのメニュー構成は「きんぐ」同様、町の食堂そのものだ。
ここでもメニューは「やきそば」。「大社」の2文字はない。丸皿に盛られたやきそばは「きんぐ」に比べややボリュームが勝る。最大の違いは麺の色だ。しかし、こちらも塩胡椒だけで味付けたシンプルな焼きそばだ。色の違いは麺の違いだった。「きんぐ」の湯通しした生麺に対し、「お食事処奴」は蒸し麺だ。歯ごたえのある一方で、切れやすい深蒸しの茶色い麺だ。
ソースは1種類。やはり麺はソースをまといにくく、ソースをかけすぎてしまいがちだ。底の丸い丼風の皿なので、底にソースが溜まりやすい。しかし、底をほじくるようにして食べると、ソースがいい塩梅で麺に絡みつく。ご主人からは「ラーメンも自慢なので是非食べてほしい」と薦められたが、さすがに「きんぐ」からの立て続けのやきそばだったので、丁重にお断りした。
自分好みに味付けするやきそばとしては、茨城県ひたち那珂市の那珂湊焼きそばにも、水産加工用の地しょうゆを後がけするやきそばがある。やきそばというと、脂っこい、ヘビーなものが多いが、「きんぐ」のポン酢で食べるおろしやきそばや那珂湊のしょうゆやきそばは、和風であっさりとした味わいが魅力だ。出雲そばもいいが、出雲大社参拝の際には、ぜひ大社やきそばも味わってみてほしい。