愛され続ける「ビールの友」 「浜田の赤てん」

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海に囲まれた島国・日本には、宮城県の笹かまぼこや愛媛県のじゃこ天、静岡県の黒はんぺんなど、全国各地にご当地ならではの魚の練り製品がある。山陰でも有数の水産都市である島根県浜田市にももちろん、浜田ならではの練り物がある。赤てんだ。

浜田市内にある「江木蒲鉾店」
浜田市内にある「江木蒲鉾店」

赤てんは、魚のすり身を赤く着色し、ピリ辛に仕上げた個性的な天ぷら=揚げかまぼこだ。通常の揚げかまぼことは違い、広島県のがんすや徳島県のフィッシュカツ同様、パン粉をつけて揚げてあり、サクサクとした食感が特徴になっている。そんな赤てんの魅力を、浜田市にある江木蒲鉾店で江木修二社長に聞いた。

江木蒲鉾店では連日たくさんの赤てんを製造する
江木蒲鉾店では連日たくさんの赤てんを製造する

赤てんが誕生したのは戦後数年を経た時期という。きっかけは、戦後に誕生した魚肉ソーセージ。常温で流通でき、その食べやすさも市場に大きなインパクトを与えた。これに刺激を受け、江木蒲鉾店と山本蒲鉾店、山文蒲鉾の3社でほぼ同時期に赤てんが編み出された。

ハート型の赤てんも
ハート型の赤てんも

当時、かまぼこは高級品。魚の色味、食味に優れた部分を使ってすり身をつくり、かまぼこにした。真っ白なかまぼこは赤く着色とものと合わせ、祝いの膳などで食べられていた。一方で、揚げかまぼこは「すそもの」といわれる品質の劣る原材料を使ったため、色が黒くなりがちだった。そんな揚げかまぼこ用のすり身を、赤は暖色で食欲をそそると、かまぼこの着色料を使って赤く染めた。

パン粉でサクサクの食感に
パン粉でサクサクの食感に

もちもちのすり身には唐辛子を練り込んでピリ辛にした。さらにパン粉をまぶしてコロッケ風に揚げた。サクサク、ピリ辛、もちもち――この3つの特徴が人気を呼び、地元の人気商品になった。漁獲高の多い浜田は、そもそもかまぼこ屋も多く、かつては20社以上がしのぎを削ったが、かまぼこ需要の衰退とともに、今では赤てんを編み出した3社だけが生き残った(2023年4月現在)。いかに赤てんが人気商品かが分かるエピソードだ。

サクサク、ピリ辛、もちもちがビールに良く合う
サクサク、ピリ辛、もちもちがビールに良く合う

では、なぜ赤てんだけが生き残ったのか。サクサク、ピリ辛、もちもちは酒のつまみに最適だ。しかも酒よりビールにより合う。高級品で祝いの膳で食べるかまぼこが次第に年末年始に需要が偏るようになったのに対し、1年を通して飲むビールに合う赤てんはやはり通年で需要があった。高級品のかまぼこに対し、庶民派の揚げかまぼこがルーツだったこともその一因でもある。

おすすめは斜めに切る「さしみ切り」
おすすめは斜めに切る「さしみ切り」

実は赤てんという商品名は、昭和の終わりごろに付いたもので、以前は「ピリ辛天」や「ピリ天」、「フライ天」などと呼ばれていた。命名のきっかけはテレビ番組だ。1985年に「アフタヌーンショー」の後継番組としてスタートしたテレビ朝日系のワイドショー「なうNOWスタジオ」で放映された、各地の隠れた「宝」を掘り起こす企画で、赤てんが紹介された。番組内で村上不二夫レポーターが「赤い天ぷらなので赤てんですね」と発言したのがその由来だ。

マヨネーズしょうゆとともに
マヨネーズしょうゆとともに

番組は全国に放映され、それまで地元で愛される手軽なおかずだった赤てんが一挙に「浜田の名物」に昇格した。浜田を訪れる観光客がおみやげとして赤てんを買い求めるようになる。転勤がちな公務員も普及に一役買った。島根県は「横長県」。浜田や益田、江津といった県西部は、県東部の松江・出雲とは商圏が異なる。しかし、西部で赤てんの味を覚えた転勤族が東部でも赤てんを求めるようになる。マーケットが広がり「浜田の赤てん」は「島根の赤てん」になった。今では、東京・日比谷にある島根県のアンテナショップ「日比谷しまね館」でも人気商品だ。

のれんにも「山陰浜田特産」を謳う
のれんにも「山陰浜田特産」を謳う

ちなみに「赤てん」の商標は、3社を代表して江木蒲鉾店が登録しているが、「1社だけでは『名産品』にはならない、コピーされてこそ一流」と江木社長は語る。そのため、島根県各地には浜田産ではない類似商品も多く店頭に並ぶ。一方で江木社長は「赤天は浜田のもの」と行政にもアピール。赤てんはのどぐろと並ぶ浜田の名物との認識が地元では強い。

「とんかつ切り」はおすすめできない
「とんかつ切り」はおすすめできない

赤てんのおいしい食べ方は、やはりサクサク、ピリ辛、もちもちを生かした食べ方だ。島根料理を看板にする店はもちろんのこと、チェーンの居酒屋などでもメニューにのるのは炙った赤てんをスライスして、マヨネーズ・しょうゆをつけて食べるもの。炙って切るだけなので手間いらずで、しかも美味しい。ただし、切リ方は垂直に切る「とんかつ切り」ではなく斜めに切る「さしみ切り」にしてほしいとのこと。赤てんの特徴でもある「赤さ」が映える上、江木の赤てんは、かまぼこが最も美味しく感じる厚さを参考にやや厚めにつくられており、斜めに切ることでその食感を存分に楽しめるという。

チーズと合わせれば子どもにも
チーズと合わせれば子どもにも

赤てんはチーズとの相性もいい。とろけるチーズを赤天にのせてオーブンで焼くと、味がまろやかになる。そもそもピリ辛は大人向けで、小さな子どもには不向きだが、チーズと合わせることで子どもでも食べやすくなるという。うどんにのせてもいいし、細かく刻んでチャーハンの具にしても美味しいそうだ。

「なうなう」の由来は?
「なうなう」の由来は?

最後に赤てんファンなら誰でも抱くであろう質問を江木社長にぶつけてみた。商品パッケージはもちろん、店の看板にも掲げられている「なうなう」という言葉だ。ロゴのようになっており、ほぼ商品名と一体化している。他社の赤てんとの違いを訴求する江木ならではのキーワードでもある。

商品棚でもひと目で分かる
商品棚でもひと目で分かる

テレビ番組で人気に火の付いた赤てんらしく、その商品名だけでなく、番組名「なうNOWスタジオ」にちなんだ「なうなう」を商品名に添えたという。「石見の方言では?」との声もあるそうだが、真相はテレビを見て買い求める客にも分かりやすいだろうとの発想だった。今はSNSで「○○なう」などと使われることも多く「先見の明があったかな」とは江木社長。江木蒲鉾店の製品とひと目で分かる大事な言葉として大切にしているそうだ。

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