北関東の素朴な米菓子 五家宝、御家宝、吉原殿中

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米を主食とする日本では、菓子にも米が多用される。せんべいやまんじゅうなどが好例だ。北関東にも、埼玉を中心に茨城まで広く食べられている米の菓子がある。五家宝、あるいは吉原殿中と呼ばれる菓子だ。

米ときな粉を水あめで細く伸ばした
米ときな粉を水あめで細く伸ばした

一般には、熊谷銘菓として知られているが、食べられている地域は、県境を越え茨城県にまで広がっている。原材料、製法、味などはほぼ一緒だが、地域によっては「御家宝」「吉原殿中」と名前が変わり、しかも、各地で「わがまちが元祖」との声が上がる。いったい五家宝、吉原殿中とはどういった菓子なのだろうか。

熊谷では「五家宝」
熊谷では「五家宝」

現在最も盛んに五家宝が作られ、食べられているのは、埼玉県北の中心都市、熊谷で、その歴史は1800年ごろにさかのぼる。中山道の宿場町だった熊谷では、良質な米、大豆、大麦が豊富で、これを材料として「五嘉棒」を生み出した。「五嘉棒」はその後「五嘉宝」「五箇宝」と名前を変え、最終的には「五穀は家の宝である」という祈りを込めて、現在の「五家宝」と呼ばれるようになった。

基本は、米を水あめと合わせて練り込み、やはり水あめで練り込んだきな粉で包み、長く伸ばして、さらに黄な粉をまぶしたうえで、食べやすいサイズに切る。材料も製法もいたってシンプルだ。板で伸ばした「棒」は1メートル超にも及ぶことから、当初「棒」の字が当てられたことは想像に難くない。これは、熊谷、加須、古河、水戸に共通だ。

箱入りの五家宝
箱入りの五家宝

取り扱う菓子店は、熊谷では2ケタに上るが、いずれも手作りの小さなお店ばかりで、大店はない。市内のとある菓子店を訪ねてみたが、ショーケースの隣が作業場で、注文を受けてから五家宝を箱詰めしていた。

袋入りもあったが、あえて箱入りのものを注文した。昭和40年代に熊谷に親せきがおり、その際によく五家宝を食べたのだが、当時は箱のふたを開けるとこぼれ落ちるほどに大量のきな粉が詰められていた。当時と変わらぬ姿に、かつての喜びがよみがえった。

きな粉があふれる
きな粉があふれる

熊谷では、小学校で五家宝づくりの体験学習を行うなど、地域の子供たちへの普及活動に努めるが、大店がないが故に発信力は強くなく、なかなか全国的知名度が上がらないという。各地の五家宝を訪ね歩き、その作り方を確認したという店主は、その発祥について、「水戸の吉原殿中をまねて誕生したと考えられる」と語っていた。

加須も「五家宝」
加須も「五家宝」

一方で、五家宝発祥の地をうたうのは、群馬・栃木・茨城の北関東3県と境を接する加須市だ。加須の五家宝を代表するのは「武蔵屋本店」。加須には数店、五家宝を販売する店があるが、武蔵屋本店は特に規模が大きく、直営工場も有する。さらに、東京・有楽町で全国各地の物産を販売する「むらからまちから館」にも五家宝を出荷している。埼玉県産の原材料にこだわり、地元・加須産の大豆を使ったきな粉、吉川産ほか県内産のもち米を使って五家宝を作る。

「武蔵屋本店」では作りたての五家宝も
「武蔵屋本店」では作りたての五家宝も

加須の五家宝のルーツは、利根川の大洪水の際、干飯を蒸し、きな粉に飴をまぶし、棒状にした菓子を五家棒と名付け、1800年ごろに売り始めたという。関東三大不動のひとつである不動岡不動尊総願寺の参詣客向けの土産物として発展、「武蔵屋本店」も不動岡不動尊総願寺の門前に店を構える。ちなみに、武蔵屋本店の隣もやはり五家宝を販売する菓子店だ。

古河は「御家寳」
古河は「御家寳」

加須と渡良瀬川を挟んた対岸に位置するのは、茨城県古河市。ここにも五家宝がある。ただし、表記が御家寳と、数字の「五」が「御」に変わる。古河城主に命名され、諸大名や旅人にも愛されたという。

「御家宝屋製菓」の御家宝
「御家宝屋製菓」の御家宝

古河市で御家寳を取り扱うのは「御家宝屋製菓」。「明石屋本店」でも扱っている。店頭には、最後にきな粉をまぶさないタイプの御家寳もあった。取り扱う店こそ減ってしまったが、御家宝屋製菓のご主人は「加須こそ御家宝屋の元祖」と胸を張る。

きな粉をまぶさないタイプも
きな粉をまぶさないタイプも

一方で、やや離れた水戸では、五家宝、御家宝と同様の菓子が吉原殿中と呼ばれている。ただし、五家宝、御家宝と比べ、吉原殿中はやや大きい。水戸藩9代目藩主・徳川斉昭の時代に、奥女中の吉原が残ったごはん粒を乾燥させ、焼いてきな粉をまぶして作ったのが始まりとされている。現在では、水戸菓子工業協同組合が商標登録、同組合の加盟社のみが吉原殿中を取り扱う。

やや大きめの吉原殿中
やや大きめの吉原殿中

メーカーのひとつ「亀印製菓」では、本社工場を「お菓子夢工場」として公開、吉原殿中の製造工程も見学できる。同社の吉原殿中は、ひとつひとつオブラートに包まれていて、きな粉が飛散せず、むせることもない。記憶が定かではないが、かつて、熊谷でもオブラートに包まれた五家宝を食べた記憶がある。きな粉たっぷりの五家宝は、食べるとき、けっこうむせるのだ。

水戸の「亀印本店」では工場見学も
水戸の「亀印本店」では工場見学も

基本的な部分は変わらないが、きな粉の量や甘さ、食感に、地域というか店ごとに若干の違いがあることは確かだ。それも大量生産ではないが故の「その店ならでは」の持ち味ではないだろうか。ちょっとマニアックかもしれないが「自分好みの五家宝、御家宝、吉原殿中」を探し当てるのも面白いかもしれない。

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