日本海に面し、名物の仙崎いかで知られる山口県北部のまち長門市。海産物がおいしいのはもちろんだが、個性的なやきとりが光る、日本を代表するやきとりシティーのひとつでもある。そんな長門やきとりの最大の特徴はガーリックパウダーだ。
東京に住んでいると、やきとりといえば「焼き鳥」。焼き鳥屋は鶏肉料理専門店であることが多く、部位ごとにたれや塩で味付けた鳥肉を焼いて食べるものというイメージが強い。しかし、埼玉県東松山市でやきとりといえば、豚のカシラ肉を串焼きにしてコチュジャンを付けて食べるもの、北海道美唄市では、正肉も含め鳥の様々な部位のモツがひと串に刺さったもの、福岡県久留米市に至っては串に刺してあれば魚も野菜もやきとりと呼ぶ。
味付けも東松山のコチュジャンを筆頭に、北海道室蘭の洋からしなど、東京でイメージするやきとりとは一線を画したものが多い。長門やきとりは鳥肉がメインではあるものの、塩味が基本で、ガーリックパウダーを大量にかけて食べるのが一般的だ。
なぜやきとりは長門市の名物なのか。その背景にあるのは、日本海の海の恵みだ。長門は古くからかまぼこの生産が盛んで、その製造過程で出る魚のアラが鳥のえさとなり、養鶏が盛んな土地柄。全国的にも珍しい養鶏専門の協同組合「深川養鶏農業協同組合」は、西日本有数のブロイラー生産量を誇る。美味しい鳥肉が手に入りやすいという訳だ。
銘柄鶏にも恵まれている。長州地どりは、美味しさと手軽さを併せ持つ。えさには、抗生物質や合成抗菌剤を使わず、地元産の飼料米や3種類のハーブが与えられている。さらに、天然記念物指定の「黒柏鶏」を元に、肉用鶏として改良された長州黒かしわは、経済性と食味の良さが自慢。長門市はその主産地として知られる。
では実際に長門市内でやきとりを食べてみよう。訪れたのは人気店の「ちくぜん総本店」。味の良さはもちろんだが、女性スタッフによる「若い女性や家族連れにも楽しんでもらえる店を」のコンセプトで運営されており、幅広い層に人気が高い。
お通しはちぎりキャベツ。ほんのり味付けされていて、箸休めはもちろん、やきとりの供としても最適だ。山口県といえば、中国地方にありながら「ほぼ九州」の土地柄だが、ちぎりきゃべつも九州やきとりの典型的なスタイルだ。
テーブルにはガーリックパウダーと一味・七味唐辛子が置かれている場合が多い。好みに応じてかけて食べるのだが、特にガーリックパウダーとの相性は抜群で、最初は恐る恐るかけていたのに、いつの間にかどっさりかけながら食べるようになる人が多いという。
とり皮はたれも選べるが、長門やきとりの基本は塩味。塩で焼いてもらった。脂が強い部位なので、まずは唐辛子をかけて食べてみる。かりっとして、実に丁寧に焼かれている。串は焼き上がった順に小皿に乗せられて運ばれてくる。焼きたてを味わえるのがうれしい。
つくねにはガーリックパウダーをかけてみた。たしかに格段に味が膨らむ。肉は正肉に限らずミンチにされているようで、歯触りがとてもいい。ガーリックパウダーの味の強さに引きずられがちだが、実はやきとりとしてのレベルが非常に高い。
もつは手羽先と一緒に運ばれてきた。もつにはさまれているのは長ネギではなくタマネギだ。長門やきとりでは、タマネギを使うのが一般的とのこと。もつはたれだったが、タマネギの甘みがたれにはぴったりだ。そしてガーリックパウダーがまたたれによく合う。気がつくと、手首を振ってガーリックパウダーをかけまわしていた。
長州黒かしわは、串の形が違っていた。さすがは銘柄鶏で、通常のももの倍の価格設定だった。しかし、肉のうまみは倍以上だ。歯ごたえもいい。
久留米でよく食べるベーコン巻きも「創作串」としてメニューにのっていた。レタス巻は生のレタスをベーコンでくるんで焼いてある。味は、ケチャップとマヨネースのダブルソースだ。ベーコンにはケチャップが、レタスにはマヨネーズの相性がいい。さすがにこれは、何もかけずに食べた。
興味深かったのはトマトチーズ巻だ。トマト&チーズと言えば、そう、イタリアンだ。ピザだ。なんとタバスコのボトルとともに皿が運ばれてきた。ガーリックパウダーといい、唐辛子といい、ひと味加えて楽しむのが長門やきとりの流儀のようだが、さすがにタバスコには驚かされた。もちろん、その美味しさに最も驚かされた。
確認のためもう1軒。駅を挟んで反対側にある「とりまる」でも長門やきとりを食べてみた。ウインナー巻にはマヨネーズが添えられていた。すでに酔いも回り、舌がすっかりガーリックから離れられなくなっていた。マヨネーズに大量のガーリックパウダーを混ぜ合わせて食べると、止められなくなった。
長門ではランチでもやきとりが食べられる。中心市街地から離れた谷あいにある長門湯本温泉には「ちくぜん総本店」系列の「焼鳥さくら食堂」があり、昼からやきとりが食べられる。さくら定食は、自慢のやきとりに刺身を添えた人気メニュー。昼からガーリックパウダーたっぷりでやきとりを堪能した。
そもそも鳥肉の美味しさは折り紙付き。そこにガーリックパウダーの中毒性が加わると、長門やきとりの底なし沼から抜け出られなくなる。山口県を訪れた際には、ぜひどっぷりと「沼」にはまってみてほしい。