第2回(全2回)
カレーが香る醤油だれとソース
玉子でとじないカツ丼の代表格といえばソースカツ丼ですが、全国的には醤油ベースのカツ丼地域も少なからずあります。新潟市のたれカツ丼は有名ですが、北海道の訓子府(くんねっぷ)・置戸(おけと)といった地域の醤油ベースのカツ丼もかなりの歴史があります。
河北町のカツ丼は、醤油ベースとソースベースの卵でとじないカツ丼が併存する、全国的にも珍しい地域。調味料のベースは違いますが、共通点はカレーの香りがすることです。
カレー風味カツ丼の元祖「といや」
河北のカレー風味カツ丼の発祥の店として知られる「といや」は明治時代から続く老舗。明治21(1888)年に初めて洋食を出したお店として知られています。現在の食堂の形態になってから三代目となられるご主人は東京のそば店で修業されたとのこと。カツ丼といえばそば屋の玉子とじというイメージがありますが、こちらのカツ丼は全く違うスタイル。しかし全く違うとは言いながら、河北のカツ丼の特製のカレー風味だれはいわゆるそばの返しがベースになっているのです。
河北には冷たい肉そばという鶏だしの独特のそばも名物ですが、そのそばつゆの返しとも違う、カツ丼専用の返しを使うのですが、この返し、おおよそ3か月ほど寝かせたものを使っています。カツ丼の特製だれは、この専用の返しに毎朝スパイスと合わせて仕込むことで、ふわっとカレーの香りの立つ、繊細な醤油ベースのカツ丼になるのです。
戦後まもなく誕生した醤油ベースのオリジナルカツ丼ですが、そのヒントは鯨の缶詰の甘辛い煮汁の煮凝りにカレーの風味があったことだったようです。今でこそ鯨缶といえば大和煮のイメージですが、昔は塩味、カレー風味など様々な種類があったそうで、特に鯨特有の臭みを消すカレー風味は大和煮とともに人気でしたが、いつの間にか姿を消してしまいました。いずれにせよ、カレー風味の鯨缶からカツ丼にしても合うのではないか、と考えた想像力には驚かされます。
さて美味いと評判のカツ丼ですが、食材も山形産にこだわっています。カツの豚肉はあっさりとした甘みのある脂肪と軟らかく味わいのある赤身の山形県産の庄内豚を使用。お米は「はえぬき」を使っていましたが、3年ほど前に本格的に流通し始めた「つや姫」の弟分の新ブランド「雪若丸」を使い、粒が大きめ、しっかりした食感で、カツ丼との相性も良いのです。全国的なブランドもあるお米が美味しい山形県では、ご飯がおいしくないと地元の人に食べてもらえないということで、地元産の美味しいお米にこだわっています。
河北のカツ丼には彩りの一つとして、紅ショウガが添えられているのですが、こちらの紅ショウガ、実はちょっとすごい生姜を使っています。一般的な刻み生姜ではなく、ガリのような薄切りスライスで、名前は言えませんが、銀座の超有名すし店二店のガリにも使われる繊維の残らない柔らかで香りのあるショウガを使っています。どうしても好き嫌いが分かれる食材ですので、中には残してしまう方もいるようですが、是非口にしてみていただきたい、こだわりの紅ショウガなのです。
昔は卵でとじていないカツ丼に「頼んだものと違う!」とお客さんからお叱りを受けることもあったそうです。それでも卵とじは出さず、全国屈指のオリジナリティをもつカレー風味カツ丼一択。40年ほど前に現在の場所に移転し、カツ丼とそばの人気店として地元はもちろん、多くの観光客にも愛されています。
■といや
- 山形県西村山郡河北町月山堂392-1
- 0237-72-3720
- 水曜定休(祝日は営業)
- 11:00~15:00 17:00~19:00
※コロナ禍で定休日・営業時間が変更になっている場合があります。来店の際は事前にご確認ください。
そばの名店「一寸(ちょっと)亭本店」
大正5(1916)年創業の老舗「一寸亭」は河北町の名物「かほく冷たい肉そば」発祥のお店として知られています。そば屋として創業したこちらの店名は、ちょっと食事、ちょっと一杯と気軽に立ち寄れるようにと、「一寸(ちょっと)亭」と名付けたそうです。
江戸時代から一杯飲む場所として、庶民の憩いの場であったそば屋ですが、創業者の初代店主が酒好きで、甘辛く煮た馬肉をつまみに食べ、残りをそばにかけて食べたまかない料理的なものを、お客さんに出したのが冷たい肉そば始まりなのだとか。
戦後、馬肉が手に入らず、鶏肉に変わりましたが、親鳥のうまみのあるだしに、透明感のある醤油味のつゆがコシの強い田舎そばに抜群に合います。肉中華、肉きしめんなどのメニューもあり、麺はすべて自家製麺。口コミサイトでも常に上位で地元でも1、2を争う人気店です。
このそばとともに人気なのが河北のカレー風味カツ丼。地元のカツ丼はソースベースのお店が多いようですが、こちらがソースカレー風味カツ丼を出したのは昭和41(1966)年。半世紀以上の歴史を持つソース系カツ丼でも老舗の風格です。自慢の特製ソースは、ソースとカレー粉を合わせ、半分くらいになるとソース・カレー粉を継ぎ足していくそうです。常に新たにカレー粉が加えられるので、丼がテーブルに届くとまず芳ばしいカレーの香りが鼻腔をくすぐります。
見た目よりもあっさりと頂けるのは、ラードを使わず、さらっと上がる油を使っているからだそうで、女性でもそばと一緒に平らげてしまう方も少なくないようです。ちなみにご飯ものなので、普通はカツ丼と一緒には食べませんが、こちらの卵かけご飯が秀逸。ご飯に冷たい肉そばのだしをかける冷やし茶漬けスタイルで、卵黄とわさびと混ぜていただきます。三代目店主が夜の飲んだ後の〆としてまかないで食べていたそうですが、こちらもお客さんから絶賛のメニュー。自分で美味しいと食べていたものが人気メニューになるDNAの家系なのでしょうか。四代目のまかないメニューも楽しみになります。
■一寸亭本店
- 山形県西村山郡河北町谷地所岡2-11-2
- 0237-72-3733
- 水曜定休
- 月火木金:11:00~15:00 17:00~19:00(L.O.18:30)
- 土日祝:11:00~19:00(L.O.18:30)
※コロナ禍で定休日・営業時間が変更になっている場合があります。来店の際は事前にご確認ください。
カレー風味はとにかく個性的
ちなみに河北町ではカレー風味のたれ及びソースが独特であるためか、なかなか家庭で作られることはほとんどありません。またお店の総菜コーナーのカツ丼は、普通は卵とじが占めており、地元では、昔は出前でもよく食べられていたそうですが、現在ではカレー風味カツ丼はお店で食べるメニューになっているようです。
今回代表的な老舗を二店ご紹介しましたが、ほかにもカレーのしっかり効いているお店や、ソースの強いお店など、個性的なカレー風味カツ丼があります。コロナ禍で厳しい状況は続いていますが、休日には行列も徐々に復活してきています。カレー風味カツ丼と冷たい肉そばを食べに、河北町に足を運んでみてはいかがでしょう。