ソースカツ丼文化圏を旅する ~山形県 西村山郡河北町~(1)

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第1回(全2回)

「雛とべに花の里」河北町

山形県の中央部、県庁所在地山形市を有する村山地方に位置する西村山郡河北(かほく)町。室町時代から紅花の栽培が始まり、江戸時代から明治初期にかけて、最上川の舟運により紅花の集散地として大きく栄えました。収穫された紅花は、最上川を酒田に下り、そこで北前船で日本海を南下し敦賀に上陸。さらに、琵琶湖・淀川を経由して京都・大阪に送られ、当時全国の生産量の半分を占めていた最上紅花の名声を全国にとどろかせました。

紅色と黄色が鮮やかなべに花
紅色と黄色が鮮やかなべに花

またみちのくひな祭りの発祥の地ともいわれる谷地(やち)地区のひな祭りの起源は、500年ほど前から立っていた多くの市のうちの、雛の節句の市「節句市」「おひな市」といわれています。ここに伝わる数多くの享保雛や古今雛などは折紙つきの逸品で、美術書の巻頭を飾るほど。谷地が誇った紅花の取引は、北前船と最上川の舟運で京都などからの上方文化をもたらしたのです。

かほく冷たい肉そば

現在の河北町のキャッチフレーズは「雛とべに花の里」。地勢と歴史によって現在まで育まれた心豊かなまちです。さて河北町の谷地地区を中心としたエリアには、名物といわれるご当地グルメが二つあります。一つは全国的にも知られる「かほく冷たい肉そば」。1年を通して冷たいそばが食べられており、その出しは鶏ガラスープ、トッピングに鶏肉がのるというもの。

そしてもう一つが「カレー風味カツ丼」。カツカレーでもカレー味のカツ丼でもありません。ベースは醤油とソースのタイプがありますが、どちらもカレーの香りがするという、全国的にも唯一無二の卵でとじないカツ丼なのです。

カレー風味カツ丼の発祥

カレー風味カツ丼

発祥の店として知られるのは「といや」。創業当初は魚を扱う問屋で、昔は問屋のことを「といや」と読んでおり、店名にそのまま残ったとのこと。明治21(1888)年に河北町で初めて洋食を出した記録が町誌に残っているほど歴史のあるお店です。カレー風味のカツ丼は、60年以上前に洋食経験のあった先代が考案したもの。醤油をベースに数種類のスパイスを組み合わせた特製だれを潜らせて、紅ショウガ、グリーンピースとともに彩りも美しいカツ丼が出来上がるのです。

といやのカツ丼は、洋食を源流に持つと感じさせる点がいくつもあります。卵とじのカツ丼はそば屋で誕生し、揚げ置きのカツでも調理できる和洋折衷の代表的な料理として人気になりましたが、ソースカツ丼がスタンダードの地域では、洋食店の揚げたてのカツを使うカツ丼が一般的でした。玉子とじカツ丼は、昔は冷たいカツを温めることができる調理法でしたが、ソースカツ丼は揚げたてでなければできません。

醤油とソースが共存するまち

「といや」のカツ丼

「といや」のカツ丼は卵でとじない揚げ立てのカツを使ったカツ丼。ソースではなく、醤油ベースながら、スパイスを合わせたカレー風味の独特のタレ。カリッとした食感で、一般的なとんかつよりも目の細かい薄めの衣は洋食のポークカツレツの衣を想起させます。そしてグリーンピースのトッピングは、オムライスやハヤシライス、洋食系食堂のカツ丼などでもおなじみのトッピングです。

ご当地カツ丼として唯一無二なのは、カレー風味であることはもちろんですが、発祥の「といや」が醤油だれであるのに対し、それ以外のお店のカツ丼は、ほとんどがカレー風味のソースカツ丼であることです。卵でとじないカツ丼が主流のまちでも、提供されるのはソースカツ丼か醤油(たれ)カツ丼のどちらかに限られ、醤油とソースが共存しているというのは、ここ河北町以外では聞いたことがありません。河北町谷地のカツ丼の共通点はカレー風味で、卵でとじないカツ丼であること。

ソースベースのカレー風味カツ丼

冷たい肉そばの人気店として知られる「一寸(ちょっと)亭」は、ソースベースのカレー風味カツ丼の代表店です。こちらから独立したお店もあるということで、ソースベースのカレー風味カツ丼の方が町内には多いようです。それにしても摩訶不思議な、しかし絶妙なバランスのカレー風味カツ丼。歴史があるが新しい味。是非お試しを。



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