丼飯にとんかつをのせたかつ丼。全国的にはだしで煮て卵とじにするのが一般的だが、地方によっては、ソースをくぐらせたかつをご飯にのせたり、山梨県甲府周辺では、定食のとんかつをそのまま丼飯の上にのせるスタイルになる。さらに、岐阜県の瑞浪や岩手県の一関市千厩町ではかつにあんをかけるスタイルもある。そして、新潟ではひとくちかつをしょうゆだれにくぐらせて丼飯にのせるタレかつ丼が一般的だ。
新潟は、横浜、神戸、大阪、長崎、函館とともに、明治維新に伴い海外との交易のために開かれた港町のひとつだ。明治期以降、物流の拠点として大いに栄えた。当時の物流の主役は水運で、新潟のまちにも多くの掘り割りが作られた。そんな中のひとつ、西堀沿いには多くの屋台が軒を連ねたという。そんな屋台から誕生したのが、タレかつ丼の元祖と言われている「とんかつ太郎」だ。
横浜や神戸同様、港町である新潟にも多くの西洋文化が伝わる。食の分野では「洋食」と呼ばれる料理だ。そこからとんかつが誕生する。「とんかつ太郎」の創業者・小松道太郎氏が、薄目に仕上げたかつを数枚、しょうゆベースのタレにくぐらせて、丼飯の上にのせたかつ丼を考案する。これが周辺の店に広まり、新潟を代表する味のひとつとなった。
まずは元祖に敬意を表して「とんかつ太郎」を訪れた。西堀通りと直角に交わる新津屋小路に面した店舗前には、開店時間の11時半にはすでに長い行列ができていた。さすがは元祖店、人気は高いようだ。長時間の行列を覚悟したが、意外に30分ほどで店内に通された。2階にまで席がある上、客のほとんどがかつ丼を注文するため、意外に回転が速いのだ。
薄めのかつ丼は、デフォルトで5枚のせになる。しかし、注文に耳をそばだてると3枚や6枚などと、意外にバラエティー豊かだった。それぞれ腹具合に応じて注文できるシステムになっている。とりあえずは、基本の5枚のせのかつ丼を注文する。目の前には、お冷やとたくあんの小皿が配膳されてきた。
待つことしばし、5枚のかつがのったかつ丼が運ばれてきた。かつ丼とたくあんのみという構成だ。千切りキャベツもみそ汁もつかない。ほしければ、別途注文する。実に潔い構成だ。厚さこそ極薄だが、面積はけっこう広い。なので、けっこうボリュームがある。
「醤油ダレ」と称するだけに、タレの味はしょうゆの風味が強い。東京ではとんかつソースに代表されるようにやや甘みを感じることも多いとんかつの味付けだが、しょっぱさそのままに、しょうゆの風味を強く感じることができる。
かつ5枚のボリュームに、食べる前はちょっと心配だったが、意外にご飯の量が軽めで、全体としては重すぎず、軽すぎずといった感じだった。ただ、明らかにかつのボリュームが勝るので、丼飯としてバランス良く味わいたい向きには、ご飯大盛りでもいいかもしれない。ただ、そうなると結構量が多くなるだろう。
卵とじかつ丼では、だしがご飯に染みたり、ソースかつ丼でもソースを追いがけしたりすることが多いが、「とんかつ太郎」では、揚げたてのかつをたれにくぐらせてご飯の上にのせるだけだ。カウンターの目の前に揚げ油とタレの入った鍋が並べられており、そのシンプルな調理法を目の前で確認できる。
テーブルには辛子も用意されている。さすがに同じ味が5枚も続くと、ちょっと味に変化をつけたくなる。そんな時に辛子が活躍する。丼の縁に辛子を取り、かつの衣に少し添えて口に放り込む。辛さがいいアクセントだ。アクセントというより、味を膨らませてくれる。辛子をつけて以降は、辛子なしでは食べられなくなった。
タレかつは新潟市発祥だが、新潟全県で広く食べられている。他のまちのタレかつ丼も食べてみよう。向かったのは、米どころ魚沼だ。国道17号線沿いに位置するのは、レストラン「モンブラン」。和洋中とメニューを揃える、ファミリーレストランだ。旬の食材を生かした季節限定料理からデザートまで幅広く取り扱う。
特製タレかつ丼は、そんな「モンブラン」の人気メニューの一つだ。最大の特徴は、個性的なビジュアル。薄いが細長いタレかつが3枚、丼飯の上にそびえ立つ。第一印象のインパクトは絶大だ。ただし、「とんかつ太郎」同様、ご飯の量はそれほど多くはない。胸焼けが少し心配だが、後ずさりするほどの量ではないと言えるだろう。
主役のタレかつは、「とんかつ太郎」とは対照的にやや甘め。これまた「とんかつ太郎」とは対照的にご飯には刻み海苔や紅ショウガも散らされている。東京もんとしては、このやや甘めのたれがしっくり来る。また、刻み海苔や紅ショウガもいいアクセントになっている。
快調に食べ進むと、ご飯の中から、小さなタレかつまで登場した。なかなか面白い遊び心だ。ただし、胃弱で揚げ物に弱い人にはちょっと厳しいボリュームかもしれない。いっぽう、食べ盛りの大食漢にはうれしい「隠し球」だ。
東京や京都・大阪でも新潟の味を提供する店があり、2大都市圏在住者ならわざわざ新潟まで行かなくても食べられるようになったタレかつ丼。しかし、本場・新潟なら、今回のように食べ比べも楽しめる。せっかくなので、一度は新潟に足を運んで、本場の味を噛みしめることをお薦めしたい。