香川県は、自ら「うどん県」と称するほどうどんをよく食べる地域だ。その背景にあるのは雨が少ないこと。香川県は温暖で晴天が多く、気象による災害が少ない半面、常に水不足に悩まされてきた。満濃池はじめ、県内のあちこちにため池があるのもこのためで、水不足の時期には裏作として麦をつくることが盛んになった。それが小麦粉の生産、ひいてはうどんの大量消費に結びつく。
経済産業省の統計によると、人口1万人当たりの「そば・うどん店」事業所数は、2位の山梨県を抑えて1位、農水省の統計による小麦粉使用量から見たうどん生産量でも、2位の埼玉県をダブルスコアで引き離す圧倒的1位となっている。総務省の家計調査でも、県庁所在市及び政令指定都市別の1世帯当たりの「生うどん・そば」(購入)と「日本そば・うどん」(外食)への年間支出金額の総額でも、やはり高松市が1位となっている。紛れもなく香川は「うどん県」なのだ。
さぬきうどん最大の特徴は、コシの強さ。 口に入れた際には柔らかく、噛むともちもちとしている。この独特のコシは、生地の加水量の多さと、足踏み作業によって引き出されるグルテンの弾力から生まれる。また、店舗数の多さ、消費量の多さを背景に様々なタイプの店舗、食べ方のバリエーションがあり、食べ歩きに適しているのも特徴といえる。
店のタイプでは、①通常の飲食店同様に、席に着いてスタッフに注文する「一般店」タイプ、②注文したうどんを受け取り、自分の手で天ぷらなどのサイドメニューを選び、精算を終えてから着席する「セルフ」タイプ、③麺を生産する工場の一画で、できたてのうどんを食べさせてくれる「製麺所」タイプがある。また、食べ方も①かけうどん、②ざるうどん、③濃いめのたれをかけて食べるぶっかけうどん、④麺に直接生しょうゆをかけて食べるしょうゆうどん、⑤釜の中で茹であがった麺をそのまま、ゆで汁と一緒に器に移して食べる釜あげうどん、⑥生たまごを割り入れた器に釜で茹であがった麺を冷水で締めずにそのまま入れ、しょうゆをかける釜玉うどん――など実に多彩だ。今回は、そんなさぬきうどんの有名店の中から何店舗かセレクトして紹介しよう。
まず現在、非常に注目度が高いのが、高松市にある「手打十段うどんバカ一代」だ。高松市の中心街に近く、ことでん瓦町駅から徒歩約10分と足の良さもあるが、「昨日よりもおいしいうどんを」というお店のスタンスが味にも現れている点が人気の要因だろう。スタイルは「セルフ」。コシの強さだけでなく、舌触りやのどごし、かんだ時の弾けるような食感も重視する。
とにかく行列が凄いので、開店時間の早朝6時が狙い目だ。しかし、開店早々の訪店にもかかわらず、次から次へと来客が絶えなかった。セルフ方式でぶっかけうどんを頼み、続いてトッピングを選ぶ。チョイスしたのは、あなご、ナス、卵の天ぷらだ。注文したのは「中」だったが、いったい「大」はどれほどの量になるのだろうかと思うほどの量だった。ちなみに、一番人気は釜バターうどんだ。今回、ゴールデンウイークの谷間にあたる5月2日のランチタイム前には、終端が見えないほどの大行列ができていて、人気のほどがうかがえた。
同じく高松市内で営業しているのは「池上製麺所」。うどん界のアイドル「るみばあちゃん」こと池上瑠美子さんの味が看板だったが、残念ながら「るみばあちゃん」は2023年に亡くなられたとのこと。高松市内とは言え、中心市街地からは離れた高松空港にも近い場所に位置するため、「手打十段うどんバカ一代」のような大行列にはなっていなかった。
スタイルは、やはり「セルフ」。調理場に注文を告げて、まずは麺を受け取る。こちらでは釜玉うどんをいただいた。ゆで揚げの麺を溶き卵の中に投入する。熱々の麺が、どんどん卵に熱を加わえていく。トッピングはあなご天とナス天。テーブルにはだししょうゆ、こい口しょうゆが用意されており、好みのしょうゆで味をなじませつつ、麺に卵を絡ませていただいた。
まんのう町の山の中にぽつんとあるのは「純手打うどんやまうちうどん」。香川県坂出市から徳島県三好市を経由し、愛媛県四国中央市に至る国道319号線から県道財田まんのう線に入り、土讃線の小さな踏切を渡り、一面に農地が広がる先、山坂の上にある作業小屋のようなお店だ。車でないと、事実上訪店不可能だ。スタイルはこちらも「セルフ」。
最大の特徴は、コシの強さ。うどんにこだわり、薪を使った大釜で麺をゆでる。薪を使ってこそあのコシが出るのだそうだ。麺にこだわる一方で、天ぷらは仕入れたもの。それでも巨大なげそ天との組み合わせは「純手打うどんやまうちうどん」の看板メニューとなっている。
丸亀を代表する人気店が「なかむら」だ。製麺所も併設する。かつては、畑からネギを取ってきたり、鶏舎から産みたての卵をとってきたりが有名だったが、現在では用意されたネギや卵を使うシステムになった。システムが変わっても人気は絶大だ。開店時間の朝9時前に店へ到着したが、すでに大行列。食べられるまで45分ほど並んで待った。
特徴は、ソフトな中にも芯のある歯触り。「グミのよう」と称されるが、まさに言い得て妙だ。さぬきうどん特有の強いコシよりも、まずはソフトな歯触りを感じる。とはいえ、九州や鳴門のようなソフトさでもない。しっかりと芯が入っているのだ。おすすめなのが、温かい麺。どんぶりで受け取った麺を、自らテボを使って、生うどんを茹でている大釜に入れて5秒ほど温める。なかなか得がたい経験だ。
トッピングは春菊天とたけのこ天を選んだ。江戸の立ち食いそばはともかく、香川で春菊天は珍しい。また、たけのこは一度煮て味の付いたたけのこが天ぷらになっていた。
最後は三豊市まで足を伸ばした。「三好うどん」は器にもこだわる、ちょっとおしゃれなうどん屋だ。スタイルは「一般店」で、注文を受けてから天ぷらを揚げ始める。麺はさぬきうどうんの王道のようなコシのある太麺。機械を一切使わず、手ごね、手練り、足踏みの昔ながらの製法にこだわる。うどんのエッジがしっかりと切り立っているのが、そのコシの証拠だ。
トッピングには、ここまで何店かで目にして気になっていた昆布天を半熟卵天とともに注文した。昆布は厚めで、うどん同様しっかりした歯ごたえだ。東京では食べたことのない味だが、昆布特有のうまみとこりこりとした食感がとても美味しかった。
今回紹介したのは、人気店のごく一部だが、とにかく香川県内にはうどん店が多く、車を走らせていると、そこかしこに、チェーン店を含めてうどん店が点在している。まだまだ美味しい店がたくさんあるに違いない。