麺にせず実のまま食べるそば 「祖谷のそば米雑炊」

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日本人の主食は米だが、地域によっては米がとれず、その代わりの主食を食べる地域も多い。長崎県の島原半島は火山灰地で水耕に適さず、サツマイモを麺にして食べる。また、岩手県の南部地方は、夏にやませという風で気温が上がらず、やはり米作に適さず、せんべい汁など、小麦で作ったせんべいを主食として食べていた。沢沿いで平地がほとんどない、徳島県の祖谷地方も米の代わりの主食としてそばを食べていた。

祖谷渓のシンボルかずら橋

一般に雑穀のそばは石臼でひいて粉にし、麺に打って、あるいはそばがきにして食べるものだ。しかし祖谷では、そばの実をそのまま塩ゆでして殻をむき、乾燥させて「そば米」にする。これを野菜や肉とともにだしで煮込み、雑炊に仕上げるそば米雑炊(そば米汁)として食べている。そばを粉にしないで実のまま食べるのは、全国でも非常に珍しい。しかし、祖谷に限らず、徳島県内各地では、そばを身のまま食べる習慣があるという。

祖谷そばの生麺

そのルーツは源平の合戦にある。合戦に敗れた平家の落ち武者たちは、瀬戸内から祖谷に逃れ、隠遁生活を送る。山深い祖谷では、食べものが乏しい。水田をつくる平地もない。そこで、米の代わりとなり、なおかつ栽培期間が短いそばの実を育て、そばを作ることが定着したと言われている。

そばの実を塩ゆでして乾燥させた「そば米」

乾燥したそば米は水分を吸いやすく、ゆでると4倍以上のサイズにもなる。腹持ちがいい食材だ。主食として食べることから、そもそも量が多いのが一般的だという。スープは、そば米とは別に、だし汁に鶏肉やこんにゃく、にんじん、干ししいたけなどを入れて煮込み、しょうゆなどで味付けする。そこに、ゆでておいたそば米を入れれば完成だ。

具は野菜や山菜などが一般的

そばにはたんぱく質やミネラル、食物繊維も多く含まれており、栄養価も高い。そこに野菜や肉も加えることで、栄養バランスがとれ、かつ胃も膨れることから、祖谷で盛んに食べられるようになったという。祖谷に逃げ隠れた平家の人々は、そば米雑炊を正月料理としても食べたという。そのため、普段の具は野菜や山菜などが一般的だが、時には山鳥を入れ、ご馳走として食べることもあったという。

「道の駅にしいや」

実際に祖谷渓を訪れて、そば米雑炊を食べてみた。お店は「道の駅にしいや」。三好市中心部から大歩危峡を越えて、観光名所のかずら橋までの間の山道の途中にある。大歩危からかずら橋にかけては、名物の祖谷そばを食べさせる店が何軒もあるが、「道の駅にしいや」は非常にリーズナブルな価格で祖谷そば、そば米雑炊が食べられる。そもそも素朴な山の食だ。大仰に食べるのは似合わない。

「道の駅にしいや」のそば米汁

取材時、「道の駅にしいや」ではそば米汁と呼ぶそば米雑炊は450円だった。干しシイタケの戻し汁がベースのだしは非常に穏やかな味。塩味も穏やかだ。ここにたっぷり膨れたそば米が、ゴボウやニンジンといった根菜類とともに浸っている。揚げ玉が入っているのは、そばメニューの影響だろうか。シンプルそのもののそば米雑炊の味わいに少しだけコクが加わる。

くせのないソフトなそば米

そば米は思っていたほどくせはない。ほんのりとそばが香るが、いわゆる田舎そばのような強いそばの香りはない。そもそもそばの実は堅いものだが、干した上で茹でて戻しているので、歯触りは非常にソフトだ。麦飯以上にくせなく食べられるというといいすぎだろうか。それほど素直な味だ。

「道の駅にしいや」の祖谷そば

そばを実のまま食べるだけでなく、もちろん麺にもしても食べる。「祖谷そば」は地元の名物でもある。ひいたそば粉は祖谷の水を加えてこね、のばして包丁で細く切る。つなぎを入れずに打つため、麺が切れやすく短くなるというのが最大の特徴だ。麺が切れやすく、太く短くなることから「そばきり」とも呼ばれている。そばはゆでて丼に盛り、温かいだしを注いで食べる。具も本来シンプルだという。

短く切れやすい祖谷そば

「道の駅にしいや」で祖谷そばも食べてみた。そば米雑炊同様、とても穏やかでシンプルなそばだった。だしも非常に薄味。わかめなどのトッピングも選べたが、場所柄、ここではできる限り手を加えず、祖谷そば本来の食べ方を味わいたかった。汁そばのみで、ざるそば、盛りそばがないのも、それが本来の祖谷そばの食べ方なのだろう。

食べ終えるころには、底にたくさんの切れ端が

箸で麺を持ち上げると、やはり短い。つなぎがないので、箸でつまむと、そこで麺が切れてしまったりもする。非常にソフトな食感だ。そば米雑炊同様、そばの香りはさほど強くない。薄味のだしも相まって、とてもすっきりと味わえた。

フリーズドライのそば米雑炊

地元以外ではなかなか味わえない、全国的にも非常に珍しいそば米雑炊だが、なんとフリーズドライのそば米雑炊が売られていた。買って帰り、早速試してみた。フリーズドライなので、袋から出して器に入れ、後はお湯を注ぐだけだ。

お店の味と大差ないできばえ

味の方だが、かなりの再現力だ。だしも含め、そば米の食感も祖谷で食べたものと大きな違いはなかった。何よりだしの優しい味がうれしい。ただちょっとそば米の量が控えめだろうか。食事として食べるにはちょっと物足りない量だった。そこで、別途買ってきていたそば米を投入してみた。こちらはフリーズドライではないので、なかなか柔らかくはならない。事前に茹でてから入れるのだったと後から気づいた。何度かレンジで加熱して、やっと柔らかい食感になった。

増量してみました

そばがきこそ食べたことがあるが、そばを実のまま食べるのは本当に貴重な経験だった。米の代用食ということもあり、正直なところもっと食べにくいものと思っていたが、その美味しさには驚かされた。ぜひ、食べてみてほしい。

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