麺が紡ぐ伊那と会津 高遠そば

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「高遠」という地名を聞いて思い浮かべるのは何だろう。そば、あるいは桜を思い浮かべる人が多いだろう。ねぎを刻まずに、箸代わりにしてそばを食べる高遠そばは、福島県会津地方にある大内宿の名物料理だ。一方で、桜の名所・高遠城址公園は、長野県伊那市にある。伊奈と会津は、いかにして「高遠」というキーワードで結びついたのだろうか。

江戸時代の宿場町の面影をそのまま残す大内宿
江戸時代の宿場町の面影をそのまま残す大内宿

そもそも高遠は、長野県の地名だ。ねぎで食べる高遠そばが名物の大内宿の住所は、福島県南会津郡下郷町大内だ。ではなぜ、大内宿のそばに高遠の地名が付いたのか。その経緯は江戸時代に遡る。

高遠城址公園は桜の名所として名高い
高遠城址公園は桜の名所として名高い

大内宿の高遠そば誕生のきっかけとなったのは、徳川の4代将軍・家綱の補佐役として幕政を支えた保科正之だ。正之は1611年に、2代将軍・秀忠の側室を母に誕生、7歳の時に信州高遠藩保科家へ養子に出される。その後、3代将軍の義兄・家光に見いだされ、最上山形20万石、会津23万石へと転封になる。

高遠そばは江戸のそばのルーツでもある
高遠そばは江戸のそばのルーツでもある

正之はそば好きで知られ、転封に際しては、そば打ち職人を帯同し、高遠のそばを山形へ、会津へと伝えた。ちなみに正之は後に、家綱の補佐役として長く江戸で活躍したが、江戸にそばを広めたのも正之といわれている。

伊那の「ますや」
伊那の「ますや」

こうして高遠のそばは、山形へ、会津へ、江戸へと伝えられていくのだが、まずはその原点を確認しよう。東高遠にある「ますや」を訪ねた。高遠そばにこだわる「ますや」には天ぷらそばもかけそばもない。ざるそばだけだ。石臼で自家製粉したそばは、メインが3種類。「玄」は歩留まり6割の細めの二八そば。毎日手びきの臼でひく「抜き」は粒が見えるほど粗くもっちりした十割。「田舎」は甘皮を加えた黒くて太く強い十割だ。

歩留まり6割の細めの二八そば「玄」
歩留まり6割の細めの二八そば「玄」

つゆも3種類用意する。焼味噌の香りとかつおぶしの甘味を生かした高遠そばつゆ。本枯れ節と希少糖で仕上げた江戸風つゆ。岩魚を焼干しにして、12時間低温抽出した干し岩魚のつゆだ。今回選んだつゆは、もちろん高遠そばつゆだ

粗くもっちりした十割「抜き」
粗くもっちりした十割「抜き」

現在のそばつゆは、そばが江戸に広まった時代に編み出されたもの。しょうゆやかつおぶしが普及していなかった時代は、「からつゆ」と呼ばれる、焼き味噌とネギ、辛み大根を合わせたものがつけつゆとして使われた。

甘皮を加えた黒く太くて強い十割「田舎」
甘皮を加えた黒く太くて強い十割「田舎」

伊那の高遠そばは、ザルに盛ったそばをつゆに浸して食べる「ざるそばスタイル」。そばに、必ず添えられる焼き味噌は、「からつゆ」の名残りだ。しゃもじなどに味噌を塗り、それを焼いてそばつゆに添える。

しゃもじを使って味噌を焼く
しゃもじを使って味噌を焼く

そばを食べる前に、焼いた味噌を適量そばちょこに取り、そこにかつおだしとしょうゆで味付けされたそばつゆを流し入れ、味噌を溶く。添えられる薬味はおろした辛み大根と刻みネギだ。

焼き味噌をそばつゆに溶く
焼き味噌をそばつゆに溶く

しょうゆ色のつゆだが、現代風のそばつゆとは違い、大根の辛みと焼き味噌の香ばしさが引き立つ。特に味噌。煮込みうどんなど汁ものに使われるイメージがある味噌だが、高遠で味噌はあくまで「薬味」。それを主張するかのような控えめな味わいだ。

藻塩でそばを味わう
藻塩でそばを味わう

地元産の粉にこだわったそばは歯ごたえ十分。しかも、主張の強い味噌に負けないしっかりした味も併せ持つ。添えられた藻塩でもそばを味わってみよう。つゆをつけるよりもはっきりとそばの味を確認できる。

焼き味噌の風味とそばの味わいが拮抗
焼き味噌の風味とそばの味わいが拮抗

そばつゆに浸すと、焼き味噌の風味が、そばの力強い味わいと、口の中で拮抗する。そばの味が強い分、つけつゆもそれに負けない力強さを持つようになったのだろう。黒い田舎そばをすすれば、それが確信に変わる。味噌の風味に真正面から対抗できるのは田舎そばならではだ。

そば湯を入れて飲み干す
そば湯を入れて飲み干す

残ったそばつゆは、そば湯を入れて飲み干す。最後まで、焼き味噌の香ばしさを楽しめた。

大内宿の「三澤屋」
大内宿の「三澤屋」

さて、会津へ移動しよう。まず訪ねたのは、地元でも一番人気の「三澤屋」だ。人気の高遠そばは、テレビなどでもよく紹介される、あのねぎがまるまる1本添えられたもので、同店から誕生した食べ方だ。今では、大内宿の多くのそば店がこの1本ネギで食べるそばを売り物にしている。

「三澤屋」の高遠そば
「三澤屋」の高遠そば

「冷たいかけそばスタイル」で、焼き味噌はなく、そばに辛み大根の絞り汁を加えた辛い冷たいしょうゆベースのつゆがかかる。透明度の高いつゆは、ピリッとした大根の辛みが舌を刺激する。味の主役は明らかに大根だ。

ねぎでそばを引っかけて食べる
ねぎでそばを引っかけて食べる

そばに添えられたネギは、根元の方が「J」の文字のように曲がっていて、これでそばを引っかけて食べる。曲がった部分にちょうどよくそばがのるため、思っていたほど食べにくくはない。そばは、伊那ほど自己主張が強くない。

ネギをかじりながら食べ進む
ネギをかじりながら食べ進む

ネギは薬味でもある。かじりながらそばを食べるため、食べ進むうちに「ひっかかり」がなくなってしまう。もちろん、箸も用意されている。最後はそば湯を入れて、辛み大根の強い刺激を余すことなく味わう。

(写真:大内宿の「金太郎そば山本屋」)

大内宿では、もう1軒食べておきたい。「金太郎そば山本屋」の名物高遠そばは、くるみそばだ。大内宿では昔から、お正月などめでたい日に、会津に自生する鬼ぐるみをすり、そばつゆに混ぜて食べていた。くるみなどナッツ類は、動物性脂肪が乏しかった時代の貴重な脂肪分だ。

「金太郎そば山本屋」のくるみもりそば
「金太郎そば山本屋」のくるみもりそば

「つめてぇ」くるみもりそばと「あったけぇ」くるみそばを食べ比べる。くるみもりそばにはすり下ろされてペースト状になったくるみが器に用意され、ここにそばゆつを注いでくるみを溶かしながらそばを食べる。くるみの濃厚な脂肪分がそばに絡みつく。

「金太郎そば山本屋」のくるみそば
「金太郎そば山本屋」のくるみそば

くるみそばは熱い汁を張ったそばの上にくるみペーストがのせられている。これを少しずつ溶かしながらそばをすする。淡白なかけそばが一気に濃厚になる。

そばつゆでくるみペーストをのばす
そばつゆでくるみペーストをのばす

鬼ぐるみは。西洋ぐるみに比べ苦味が少なく、香り、味が濃いのが特徴。江戸時代から会津藩の名産品として知られてきた伝統の味だ。しかし、固く割れにくく、中身を取り出す職人も数が限られるため、地元でも貴重品だ。

「長門屋」の「香木実(かぐのきのみ)」
「長門屋」の「香木実(かぐのきのみ)」

1848年創業の菓子の老舗、会津若松の「長門屋」では、この山ぐるみを使った菓子にこだわる。貴重な食材を使い、職人気質で作るため、地元でもレアものとして知られている。こしあんでを鬼ぐるみ丸ごと包み、表面に黒糖をまぶした「香木実(かぐのきのみ)」は、2016年のG7伊勢志摩サミットの席で各国首脳にふるまわれたほど。高遠そばを食べに訪れた際には、ぜひこちらも土産として買って帰りたい。

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