埼玉県から栃木県にかけては、米の裏作として小麦が多く生産されており、以前にも紹介したつけ汁うどんや高崎のパスタなど、小麦を原料にした麺類が多く食べられている。深谷市を中心に食べられている「煮ぼうとう」もその一種。周辺都市では、ひもかわや打ち入れ、おっきりこみなどとも呼ばれている。
その特徴は、約2.5センチと幅広く、厚さも1.5ミリ程度とボリュームのある麺を特産の深谷ねぎや地元で穫れる野菜類をたっぷり使い、生麺の状態から煮込んでいる点。生麺から煮込むことで、適度な「とろみ」が生まれる。ほうとうというと、山梨県のものが有名だが、みそ仕立ての山梨に対し、深谷はしょうゆで味を整える。
かつては、家族でいろりや鍋を囲み、夕食に食べられていた「ケの日」の郷土料理で、今でも冬の間に体が暖まる食事として、多くの家庭で食べられている。また、深谷市では、地元出身の、明治から昭和にかけて活躍した実業家・渋沢栄一翁が愛した料理として、市内の学校給食で提供されるほか、毎年、11月11日の渋沢翁の命日には、地元の公民館で「にぼうと会」を開催している。
では、実際に深谷で煮ぼうとうを食べてみよう。気軽に煮ぼうとうが食べられるのは、国道17号線深谷バイパス沿いの「道の駅おかべ」内にある「お食事処そば蔵」。道の駅だけに駐車場も広く、営業時間も朝8時から夕方6時までと長い。
「お食事処そば蔵」の煮ぼうとうは鉄鍋で煮込み、深谷名物のねぎを使ったかき揚げを添えて供される。まず驚かされたのが、スープだ。市役所や農水省の資料を見ても「とろみ」について言及されているが、ほとんどとろみを感じないほどにさらっとしたスープだった。また、このお店のメニュー全体に共通しているようだが、麺量が非常に多い。
麺も煮崩れておらず、山梨のほうとうや、群馬のおっきりこみに近いイメージを抱いていたのが大きく覆された。店によって、また家庭によって違うそうだが、ドロドロになるまで煮込まなくても煮ぼうとうなのだそうだ。野菜も形がはっきりとしており、非常に食べやすかった。
一方で、添えられたねぎのかき揚げはなかなか珍しいスタイルだった。特産のねぎを大きめの輪切りにして、それをかき揚げにしてある。確かに、いくつもの輪切りのねぎが連なっていて「かき揚げ」になってはいるのだが、バラバラにして藻塩をかけていただくと、いい酒のつまみになると感じた。
営業時間が午前11から午後2時までとランチタイムの営業に限られ、しかもメニューも煮ぼうとうと煮ぼうとう・とろろご飯のセットしかない煮ぼうとう専門店「麺屋忠兵衛煮ぼうとう店」は、渋沢翁の生家である「中の家」の隣で営業している。
深谷では、煮ぼうとうを「にぼうと」と発音する。渋沢翁は、地元に帰るたびに「にぼうとが食べたい」と周囲に話し、好んで煮ぼうとうを食べたという。もちろん、若かりし頃に裏の田んぼで稲刈りした後に食べた味が忘れられなかったのは確かなようだが、「にぼうとやいも・なすなどの野菜の煮物が何よりの故郷のご馳走」と語り、接待を案じる地元の人々に気配りをしていたとも語り継がれている。
「麺屋忠兵衛煮ぼうとう店」はまさに「ケの日のお膳」そのままのビジュアルだ。澄んだ薄茶色のスープの中にダイコンやニンジンといった根菜、白菜、さらには地元特産の深谷ねぎがたっぷりと入っている。タンパク質はほんの少量の鶏肉と油揚げのみだ。とてもシンプルなのだが、野菜の甘みもしっかり出ていて、だしもくどくなく、ひとくちすすっただけで全身が清められるような滋味深い味わいだ。
スープはやはりとろみをほとんど感じない。お店の方に聞いてみたところ「麺の打ち粉で微妙なとろみは出る。長時間煮込めばドロドロにもなるが、飲食店ではそこまで煮込まないことが多い」とのことだった。「お食事処そば蔵」よりもさらに幅広い麺は、煮込みすぎず、適度なコシもあった。これが実にスープに良く合う。
野菜類も煮込まれすぎず、きちんとその形を保っている。にもかかわらず、味がしっかり染みている。白菜を見ると分かるだろう。しっかりスープに染まり、かみしめるとじゅわっと味が広がる。特産のねぎもしっかり味が染みて、甘さも存分に引き出されていた。
そして最後に散らされた三つ葉がいいアクセントになっている。失礼ながら、見た目は田舎の日常食だが、すべてが完璧に調和し合っていて、極上のご馳走の味わいになっていた。素朴な食材も、昔ながらも調理法も、極めるとここまでご馳走になる、そう感じた。
「中の家」ではアンドロイドの渋沢翁が、若かりし頃について語る展示もあった。「中の家」周辺では大きな屋敷も多く、一面に畑が広がっていた。いかに豊かな農村だったのか、その面影が今に残る。そうした豊かな農家の人々が、自慢の野菜や小麦を、誇りとともに調理したことが、その美味しさにつながっていると言えそうだ。東京からも近い。ぜひ一度深谷を訪れて、煮ぼうとうを味わってみてほしい。