青森のイギリストースト、長野の牛乳パン、高知のぼうしパンなど、地元ではソウルフードと呼ばれるほどに愛されているにもかかわらず、ひとたびエリアを飛び出すと名前さえ知らないというほど地域に根ざした「ご当地パン」は数多い。県庁所在地福島市をしのぐ、福島県最大の人口を誇る郡山市にも、そんなご当地パンがある。クリームボックスだ。
クリームボックスは、厚切りで手のひらサイズのコンパクトなパンに、練乳の入った白いクリームをたっぷり塗った、ほんのり甘いパン。誕生したのは、1976(昭和51)年と比較的歴史の浅いご当地パンだ。編み出したのは、地元銘菓「ままどおる」で知られる株式会社三万石だ。
同社のパン部門として発足した「ロミオ」の主力商品として誕生する。スタートこそ「『ロミオ』のクリームボックス」だったが、またたく間に市内のベーカリー、パン店に広がっていき、それぞれ、味や形に違いがある。今では、多くの店でオリジナルのクリームボックスが販売されており、学校の売店でもおなじみで、郡山で青春時代を過ごした人たちには、まさにソウルフードとして深く愛され続けている。
まずは元祖に敬意を表して、「ロミオ」のクリームボックスから食べてみよう。「ままどおる」の三万石が製造する商品だが、基本的に別ブランドのパン店「ロミオ」での販売になっている。店舗は限られており、主力となっているイトーヨーカドー郡山店の店舗が、イトーヨーカドーの撤退に伴って閉店することになった。
東京などでは箱入りを目にすることもあるが、地元ではおなじみのロゴが刷り込まれた透明なフィルムでクリーム部分を保護して店頭に並んでいた。今回3店でクリームボックスを購入し、食べてみたが、「ロミオ」のものが最もクリームに厚みがあった。
特徴的なクリームは練乳を使っているということだが、しつこさや強い甘さはない。甘さは「淡い」と表現できるほどソフトだ。菓子パンというよりは惣菜パンと呼びたいほどにマイルドな甘さになっている。そのまま食べてもおいしいのだが、オーブントースターで少し焼き目をつけると、格段に美味しさが増す。温度が上がることでクリーム自体が少し柔らかくなり、さらには表面に焦げ目もついて香ばしくなる。何よりベースとなるパンが、温めることでふわふわ感を取り戻すのだ。
この日は店頭では売り切れていたが、「ロミオ」には、ローストしたアーモンドを散りばめたアーモンドボックスもある。名前だけ聞くと、後で紹介するカフェオレボックスからアーモンド味のクリームかと一瞬思ってしまうが、定番のクリームの中にアーモンドのつぶつぶが入っている。ほのかな甘みとカリッとしたアーモンドの食感が絶妙のコンビネーションだ。
市内の手作りパンの店「チロル」でもクリームボックスを手がけている。いかにもまちのベーカリーといった佇まいのお店では、軽くトーストされた手作りパンにクリームが盛られている。手作り感の強いベースになるパンの形状が、大量生産を感じさせる「ロミオ」との違いだ。
やはり、オーブントースターでトーストしていただく。手作りパンらしく、パンのふわふわ感が秀逸だ。クリームはやはり甘さ控えめで、おやつではなく、朝食のパンとして食べても違和感はないだろう。
郡山出身者にクリームボックスがソウルフードとなっている背景には、学校の売店「購買部」の存在が大きい。周辺にある学校の購買部などにクリームボックスを製造・卸していたのが「大友パン店」だ。郡山駅にも近い、市街地にお店があり、訪れた日もクリームボックスを求める客がひっきりなしに訪れていた。
生クリームを使った濃厚なクリームが特徴で、ミルク入りのパンも厚切りで、しっとりとした食感を楽しめる。同店には、クリームボックスと並ぶ郡山を代表する味、酪王乳業のカフェオレとコラボしたカフェオレボックスも人気商品になっている。
テレビ番組で紹介され、ヒット商品につながったのは「まる福」のぬるだけクリームボックスだ。賞味期間が限られるパンを主体にするため、郡山のクリームボックスは遠隔地の販売には適さない商品だ。東京エキナカでの販売も、新幹線で「ロミオ」から運ばれていた。
そこでクリームボックスのクリームの部分だけを瓶詰めにして、地元で購入したパンに塗って食べるようにしたのがぬるだけクリームボックスだ。郡山でしかなかなか食べられない地元の味を遠隔地でも食べられるようにしたことで注文が殺到、取材をした2024年4月現在、「まる福」本社工場の直売所でさえ欠品が続くほどの人気となった。
ほんのり優しい甘さのクリームは、確かに食べ飽きない。ベースになるパンも食パンタイプで、その面でもコンビニなどでも買える袋入りの「菓子パン」にはない味わいが特徴のクリームボックス。郡山以外でなかなか食べることができないが、地元・郡山や福島の周辺都市を訪れた際には、ぜひ一度味わってみてほしい。