山梨県というと、甲府盆地が広がる国中地方のイメージが強いが、東京から甲府へ向かう際、中央自動車道なら八王子の料金所を過ぎた先から、JR中央本線なら高尾駅を過ぎた先から急に山が険しくなり、勝沼のあたりまで、平地がほとんどない山深い地形が続く。この地域は郡内地方と呼ばれ、急峻な地形のため、水田がほとんどない。そのため、古くから米が乏しいがゆえの、独自の食文化を持つ。
そんな郡内ならではの食をご紹介する。まずは、上野原市棡原(ゆずりはら)地区で食べ続けられている「せいだのたまじ」だ。
![「ふるさと長寿館」のせいだのたまじ](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2020/11/24aa2e90e5f8e079154ee8c188e9a306.jpg)
棡原地区は、上野原市の中でも特に地形が険しい集落で、水田を確保するのは難しく、飢餓対策として、江戸時代からジャガイモを栽培し、食べてきた。ジャガイモはやせた土地でも栽培できるためだ。
棡原地区では、ジャガイモのことを「せいだ」と呼び、その中でも特に小さな芋を「たまじ」と呼ぶ。ユニークな呼び名の「せいだのたまじ」とは、要するに小さなジャガイモという意味だ。
![きびめしのおかずに](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2020/11/bdfdeccb8a62e7f0363a9b4b2021f174.jpg)
水田はもちろん、畑に適した土地も限られたため、食べ物不足に悩まされてきた歴史を持つ同地区では、小さなジャガイモさえも大事に食べてきた。せいだのたまじには、そんな、山の中での暮らしが反映されている。
![しっかり歯ごたえがある](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2020/11/1c65d72fe39301cde0912ee07f827d80.jpg)
調理法はいたってシンプル。小さなジャガイモをよく水で洗い、皮付きのまま水とともに鍋に入れ、そこに味噌と砂糖、油を加えて煮る。水分が少なくなったら、いったん火を止め、ひと晩寝かせる。翌日、改めて煮つめて完成だ。秩父のみそポテトにも似た、甘い煮芋だ。
基本は家庭料理だが、棡原地区にある「ふるさと長寿館」で食べることができる。
![上野原市棡原にある「ふるさと長寿館」](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2020/11/461cc0f0d74b09e248dd2f92f1659131.jpg)
箸でつまめる、ひとくちで食べられるほどのかわいい煮芋だ。できたてではなく、冷めた状態で出されたが、それがまた素朴な味わいに感じる。硬くはないが、よく煮た肉じゃがのような柔らかさでもない。しっかりとした歯ごたえを感じる。埼玉の県北から群馬にかけて、焼きまんじゅうやみそパンなど、甘いみそ味の食べ物が多いが、それと似た味わい。沿岸部にはない、山の味といったイメージだ。
「ふるさと長寿館」では、パック入りのせいだのたまじも販売しているので、持ち帰って食べることもできる。
![「ふるさと長寿館」のたまじピザ](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2020/11/c223989a022ab8d08899afb9ab4d3698.jpg)
そして、オリジナルメニューのたまじピザもあった。せいだのたまじを具としてトッピングしたピザだ。ピザ生地の上に4つ割にしたせいだのたまじをのせ、そこにベーコンやタマネギ、ピーマン、そしてチーズをのせてピザにした。
![甘いみそ味のたまじをピザにトッピング](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2020/11/58cec910d4df2e9be52df816ce25ffdd.jpg)
せいだのたまじの甘いみそ味は熱が加わると、さらに甘く感じる。とろけたチーズにタバスコをかけて食べると、甘みと辛み、そして酸味が合わさった独特の味わいになる。
都心からは1時間ちょっとの上野原。週末のドライブがてら、山の暮らしを映した素朴な料理を味わうのもいいだろう。