以前、埼玉県行田市のゼリーフライを紹介した。足袋のまち・行田の歴史とともに誕生、ゼリーといいながら甘くもないし、そもそもお菓子のゼリーとは何の関係もないおから入りの素揚げのコロッケだった。ちょっと不思議な、その名前を覚えていらっしゃる方も多いだろう。そして行田には、やはりその料理名と味がシンクロしないご当地グルメがもう一つある。フライだ。
フライというと、食材にパン粉をつけて油で揚げた料理を思い浮かべる人が多いだろう。しかし、行田のフライは揚げ物ではない。小麦粉を水で溶いた生地を焼き、野菜や肉などの具材を入れたもので、いわば薄いお好み焼きのような食べものだ。
その調理法は個性的だ。薄いお好み焼きと表現したが、調理法だけ見ると、お好み焼きよりはクレープに近い。熱した鉄板に、水で溶いた小麦粉を薄く広げる。そこにネギを散らし、卵や肉などものせる。具をのせたら、その上からもう一度水溶き小麦粉を流し入れる。キャベツは使わないので、非常に薄いコナモンになる。
一見、キャベツの入らない、かなり薄いお好み焼きなのだが、これをひっくり返すと、木製のふたでぎゅうぎゅうとその薄いコナモンを鉄板に押しつけるのだ。ただでさえ薄いものが、押しつぶされてさらに薄くなる。この薄さこそが、フライの、お好み焼きやもんじゃ焼きとの最大の違いになる。そして多くの店で、二つ折りにして皿に盛る。
フライを扱うお店の多くはゼリーフライややきそばも手がける。いずれもソース味なので、味付けはソースがデフォルトになることが多い。ただし、しょうゆも可能で、メニューにはソースとしょうゆが並記されている。薄く焼き上がったフライに刷毛でソースやしょうゆを塗ればできあがりだ。
行田は平地が広がり、水も豊かなことから古くから農業が盛ん。米の裏作で麦を作っていたことから小麦粉も豊富。フライもそもそもは地元の農家が農作業の合間に手軽に食べるおやつのようなもだったという。昭和初期に、行田に多くの足袋工場ができると、持ち運びが便利なうえ、腹持ちがよいこともあり、足袋工場で働く女性たちのおやつとして愛されるようになり、それを目当てにフライを販売する店が増え、行田のまちに定着したという。現在でも行田市内の多くの飲食店で提供され、店名に「○○フライ店」と掲げることも多い。
「フライ」というメニュー名の由来には、諸説ある。行田周辺が布の産地だったことから「布来(ふらい)」になったという説や、フライパンで作るからという説、さらには、「富よ来い」をもじったなどだ。
実際に行田でフライを食べてみよう。JR高崎線に行田駅があるが、もちろん行田市内ではあるものの、行田の中心市街地からは離れた場所に位置している。忍城や役所のある秩父鉄道行田市駅周辺が行田の中心市街地になる。フライ・ゼリーフライのお店も、中心市街地に多く点在する。
まずチェックしておきたいのが「かねつき堂」だ。行田市の職員だった店主が、地域のためにとオープンした。店名は、忍城の改築の際、譲り受けた鐘楼を敷地内に移設したことに由来する。けっこうな人気店で、土日などは数少ない店内のテーブル席はすぐにいっぱいになる。店頭にはベンチもあるが、地元民は、家に持ち帰って食べることが多い。行田市中心市街地は、秩父鉄道こそ走るものの、クルマが移動の主役だ。焼き上がりは駐車場のクルマの中で待つことになる。焼き上がったフライは、お店の方が駐車場まで届けてくれる。
今回は店頭でいただいた。プラス50円で卵も入れられるが、デフォルトのフライをしょうゆ味で。「かねつき堂」はたたまないスタイル。丸いお皿いっぱいにフライが広がる。七味唐辛子を少し多めにかけて食べるとパンチが増す。ひらべったいが、クレープとは違い、グルテンの効いた粘り着くような歯触りが魅力的だ。
焼きたてを食べたい人には「駒形屋」もおすすめだ。かつては、水城公園の中央を走る公園通り沿いにあったが、現在は新築して水城公園の裏手に移転した。「駒形屋」もやはり持ち帰りが多いが、ピカピカのお店なので、テーブルに座って落ち着いて食べるのもいいだろう。
オープンキッチンなので、調理の過程ものぞくことができる。シンプルな料理なので、やはり熱々で食べるのがおいしい。ソースで食べると、よりお好み焼きに近い味わいになる。できれば、グループで訪れ、ソースとしょうゆを両方とも、さらにはやきそばやゼリーフライも加えて食べ比べするといいだろう。
やはり座って落ち着いて食べられるのは「珈琲苑憩」。やきそばを二つ折りのフライでサンドした焼そばふらいミックスは、圧倒的なボリュームだ。お腹ペコペコのときにはおすすめの店だ。
実は箸巻きなど、フライのように水溶き小麦粉を薄く焼く「コナモン」は各地で食べ続けられている。しかし、調理法が簡易なことから、縁日などの露店で提供されることが多く、店舗で食べられるところはそう多くはない。西日本はお好み焼き、東日本はもんじゃ焼きという「コナモン」の王道の陰に隠れてしまっている中で、ご当地グルメとして提供店マップまで作っている行田のフライは貴重な存在だ。うどんやパスタなど、麦食文化が色濃い埼玉北西部~群馬の日常に溶け込んだ「間食」、それがフライだ。