羊肉、ジンギスカンというと北海道のイメージが強いが、長野県も実は羊肉を売り物にしたご当地グルメの多い県だ。北信、長野市の信州新町は、国道沿いにジンギスカン店が並び、中には「元祖ジンギスカン」を標榜する店もある。また、南信、飯田市の南アルプスの山中に位置する遠山鄕もジンギスカンで知られた地域だ。
そんな長野県の羊肉料理の中でもとりわけユニークな存在が、南信・伊那市のご当地グルメ、伊那ローメンだ。
伊那ローメンは、マトンやキャベツを具に、蒸した硬めの中華麺を使った麺料理。注意が必要なのは、料理名は同じ「ローメン」ながら、スープが入った汁麺タイプとスープを使わず麺を炒めた焼きそばタイプの2種類あるという点だ。現在、伊那市を中心に「ローメン」の看板を掲げている店は約90軒あるといわれ、汁麺タイプ、焼きそばタイプの違いはもちろん、店それぞれの味付けがあり、多くのバリエーションを楽しむことができる。
ユニークな料理名の由来は、中華料理の「炒肉麺(チャーローメン)」。焼きそばを意味する「炒麺(チャーメン)」に「肉(ロー)」が入ることから誕生した料理名だ。誕生当初は、チャーローメンと呼ばれたものの、いつのまにか「チャー」がなくなり、ローメンと呼ばれるようになったという。
ルーツには諸説あるが、昭和30年代に誕生したというのが一般的だ。よく知られているのは、市内にある「萬里」という店が始めたという説。「萬里」の店の前には「ローメン誕生の地」の碑が建てられている。
ローメンをローメンたらしめているのは、まず、個性的な茶色い麺だ。ラーメンとは明らかに違う色合いだ。その色を生み出しているのは、深蒸し。昭和30年代、伊那にはまだ冷蔵庫が普及しておらず、日持ちを良くするために中華麺を強く蒸して、保存性を高めていた。宮城県石巻市の石巻茶色い焼きそばも同様のルーツだ。
そして、羊肉=マトン。独特の臭みを嫌い、マトンを使わない店もあるが、ローメンといえばやはりマトンだ。
さらに、テーブルでの調味も、欠かせない「ローメンらしさ」だ。地元では、「ゴマ油2周、酢1周」など、食べる人によっておおよその基準があり、人それぞれに味付けが異なる。店側も心得たもので、最終的な「自分好みの味付け」を前提に調理するという。
使う調味料は、ゴマ油、生ニンニク、酢、ソース、七味トウガラシなど。生ニンニクは、臭み消しとしてジンギスカンなどでもおなじみだ。いずれも味の強い調味料ばかりで、少量加えるだけでも、けっこう味が変わってしまう。
まずは、焼きそばタイプから確認しよう。
すでに加熱済みの深蒸しの茶色い麺だが、焼きに入る前にいったん茹でてから、中華鍋に投入する。焼きそばタイプといいながら、麺に焼き目をつけたり、調味料を焼いて香ばしさを立てるようなことはしない。
大量に盛った茶色い麺に調味料を加える。「炒める」というより「和える」というのがより実態に近い表現だろう。それを皿に盛る。
マトンとキャベツは別鍋で調理する。マトンは、事前に炒めたものを使う。マトンの臭みの原因である脂身は、ほぼ溶け出てしまっている。キャベツは油通して使う。熱い油の中でしんなりとしたキャベツを皿に盛った麺の上に、マトンとともに乗せれば完成だ。
ローメン初心者なら、まずはそのまま、ひと口食べてみよう。調理段階で味付けされていているので、このままでも十分おいしい。
次はいよいよ「テーブルクッキング」だ。ゴマ油、酢をかけ回し、ソースも加えてみる。とりわけ、ゴマ油の香りが、味の印象を一気に大きく変える。一口ごと、調味料をかける配分を変えながら食べてみると、想像以上に味の変化を楽しめるはずだ。
続いて汁麺タイプも食べてみよう。
汁麺タイプのローメンは、麺はもちろん炒めない。麺を、マトンやキャベツとともにスープで煮込む。なので、スープにはマトンの個性がしっかりと残る。好き嫌いのある風味だが、地元ではこれこそが「ローメンらしさ」との声も多いという。
汁麺タイプでも「テーブルクッキング」してみよう。生ニンニクを入れ、やはりゴマ油、酢、ソースで味を調えて再び口に入れる。臭み消しのイメージが強いニンニクだが、スープにしっかりと染み出したマトンの風味は、決してニンニクに負けることはない。ゴマ油の強い香りにさえ、マトンらしさは消えなかった。とはいえ、様々な味を足していくことで、どんどん味が膨らんでいく。
隣接する駒ヶ根市は「駒ヶ根ソースかつ丼」で知られるが、実は伊那でもソースかつ丼はローメンと並ぶ人気ご当地グルメだ。
伊那を訪れたら、ぜひローメンとソースかつ丼をセットで食べてみてほしい。満腹感に苛まれることは間違いないが。