焼肉冷やし。茨城県ひたちなか市勝田のご当地グルメは、地元の工場や鉄道関係の労働者に長年にわたって愛され続けてきたスタミナ食だ。
それって、冷たくした焼肉? 以前、テレビの取材が来た際は「肉焼いてないのに、なぜ焼肉?!」が出演者のコメントだったという。はたして、どんな料理なのか?
実は焼肉冷やし、熱々の甘辛いあんがのった麺料理だ。えっ、熱々で「冷やし」?
正体は、麺が冷たい焼肉ラーメン
焼肉冷やしを提供するのは、JR常磐線勝田駅前にある「大進」。連日の大行列で知られる人気店だ。創業は昭和50年ごろ。茨城県のご当地ラーメンとして名高いスタミナラーメン発祥の店としても知られる。昭和54年、縁あって現店主の川崎正悟さんが、居抜きで「大進」の経営を引き継ぐ。
「冷やし」はスタミナラーメンのもう一つの食べ方。スープ麺にレバーやカボチャが入った甘辛いあんをかけて食べるのがスタミナラーメン。スープ麺ではなく、冷水で締めた冷たい麺の上に、直接あんをかけるのが「スタミナ冷やし」。つまり「焼肉冷やし」は焼肉ラーメンの麺が冷たいバージョンということだ。
スタミナラーメンも焼肉ラーメンもスープが入ってしまうとどうしてもあんの味がスープに紛れてしまう。「あんの味をしっかり味わうには冷やし。できれば冷やしを食べてほしい」と川崎さんは語る。
店のまかないがルーツ
焼肉冷やしを考案したのは、昭和58年ごろ。スタミナラーメンは「大進」の看板メニューだが、いずれ廃れてしまうのではないか。そう考え、第2の看板メニューの創作に挑む。
きっかけは、川崎さんの奥さんが作ったまかない。当初は豚肉のから揚げにスタミナのあんをからめ、冷たい麺にかけて食べていた。毎日食べて少しずつ改良を加える。焼肉は肉好きに訴求したいと考えた。肉好きなら、野菜がなくても食べるはず。川崎さんは、野菜が食べたい人にはスタミナがあるのだから、焼肉は徹底的に肉だけにしようと考えた。結局、約1年かけて正式メニューに仕上げた。
焼肉に野菜が入っていないのは、単にスタミナのレバーを正肉に置き換えたのではなく、全く別のメニューとして考えたからだ。店とともに引き継いだスタミナの次は、自分で完成させたメニューで勝負しようと思っていたという。
しかし発売当初は、スタミナに押され、なかなか焼肉が出なかった。ようやく人気が出始めたのは、提供し始めて5年ほどたってからのこと。途中で提供をやめようかと思ったほど、人気が出なかったという。結果的には、徐々に人気に火が付いたことで、定番メニューとして定着したと、川崎さんは語る。
たいてい最初はスタミナを食べに来て、その際に焼肉が気になり、その次は焼肉を注文するというパターン。焼肉が主流になったのは平成になって以降のことだ。
当初はカイワレを入れていたが、1996年の風評被害事件で止め、肉のみのあんの上に、ネギ、ワカメ、コーンがトッピングされた現在の姿になった。
日立や国鉄の労働者が愛した味
スタミナラーメン、焼肉冷やしが人気を得た背景には、日立製作所の存在がある。合併してひたちなか市となる前の旧勝田市は、日立の企業城下町として発展した。市民の多くが日立とその関連企業に勤め、現在も多くの市民が日立に関わって生活しており、日立を「日製さん」と親しみを込めて呼ぶ。そうした日立の工場で働く人たちが愛したのが、安くて腹持ちのいいスタミナ、焼肉冷やしだった。
川崎さんが「大進」を引き継いだころは3000~5000人規模の労働者が勝田周辺で働いており、当時は自家用車ではなく電車通勤だったため、駅に近い「大進」の周辺には、仕事帰りの労働者が群れをなしたという。
今では、東京はじめ全国の日立関係者が出張で勝田を訪れ、その評判を聞き「大進」を訪れることも多いという。
加えて、勝田は常磐線の車庫駅。現在も、JR東日本勝田車両センターがあり、旧国鉄時代から、運転士や車掌、保線の工事担当など、多くの現場で働く人たちがいる。そうした額に汗して働く人たちが、焼肉冷やしを愛し続けた。
さらに、食欲旺盛な地元の学生たちにも愛された。川崎さんが「大進」を引き継いだ当時、ラーメンが350円ほど。腹持ちがよく、具だくさんで栄養バランスがいいスタミナラーメンは1杯380円。しかも、ピリ辛のあんかけで冬も暖まる。いつしか、スタミナラーメン、そして焼き肉冷やしは、勝田市民のソウルフードになっていく。
毎朝打つ、あんにからみやすい麺
川崎さんは、メニュー名にもこだわる。店頭では「焼肉ラーメン<冷やし>」ではなく、わざと「ラーメン」をつけない「焼肉冷やし」と表記した。「焼肉冷やしって何だろう」と食べてくれるかもしれないと考えたそうだ。
中には夏、「冷やし」を頼んだのに熱い料理が出てきたと怒り出す客もいるという。しかし食べ始めると麺が冷たいので、納得してくれる。
こだわりはメニュー名だけではない。調理法にも徹底してこだわる。
丸い麺では、あんが絡まない。角が立てば、あんは絡みやすくなる。角を立てるためには腰が必要。また、麺の面積が広いと、あんは絡みやすくなる。要するに、既成の丸い麺では、あんはよく絡まない。川崎さんは、最初から、麺は自分で作ると決めていたという。
なので麺は、毎朝6時に起きて打つ。開店は11時30分だが、いつも9時半から10時ごろまで製麺に打ち込み、開店直前まで麺打ちする日もあるという。
麺は、原料の粉の段階で平均で14%の水分を含む。湿度が上がると、水分が増えてしまうため、日々調整しながら麺を打つ。生地は寝かせることで熟成し、腰が出る。角を出すため、包丁での手切りにこだわる。ゆっくり時間をかけて伸ばし、手で切るからこそおいしい麺になるという。
切った麺は1食ずつ小分けにせず、大きな袋にまとめて入れて保存する。すると麺が絡み合って曲がり、自然にちぢれに近い状態になる。それでまた、あんにからみやすくなる。極太で、角があり、ゆるくちぢれた麺が、あんが絡みやすくなる秘訣だ。
「大進」には、親子2代で食べ継いでいる常連もおり、そうした人たちには、日々の麺の良しあしまでわかってしまうという。だからこそ手抜きはできない。自家製麺へのこだわりは、かん水の加減にも表れる。かん水控えめの、うどんのような白い麺だ。
自家製麺は手間がかかる。しかも極太で、ゆで上がるのに7分ほどかかる。しかしだからこそ、あんに合うおいしい麺になる。おいしさの秘訣は手間暇。かけただけの価値はある。それが「大進」の人気、絶えない行列の源だと、川崎さんは語る。
あんは作り置きしない
もちろん、焼肉あんにもこだわりがある。
豚肉の唐揚げには片栗粉を使う。粉をまんべんなく肉につけないとおいしく揚がらないため、ボウルの中で、ていねいに時間をかけて肉に片栗粉をまとわせる。
肉の厚さにもこだわる。時間をかけて揚げると油が回りやすい。なので、薄切り肉を高温でさっと揚げる。かりかりに揚がると、あんにからまったときにおいしさが増すという。スタミナと違い、あんには野菜が入らないので、肉の量はかなり多い。
あんの調理中は、頻繁に味見して、最終的な味を調節する。化学調味料は一切使わない。寸胴で取っただしをベースに、しょうゆなどで味を調えてゆく。終盤に加えられる、赤いトウガラシ粉が特有の甘辛さを作り出す。
あんは見極めが大事。水溶き片栗粉の粉の量を多くしてしまうとダマになる。水を多めにするのが秘訣という。温度も大事。どの時点で水溶き片栗粉を入れるか、いつ火を止めるか。それで出来が違ってしまう。冷たい麺と合わせた後を想定して、粘り気を調整する。唐揚げのかりかりにあんが吸い込むくらいくらいがベストだ。
麺は、あんのできあがりを見計らってゆで始める。冷水でシメるだけではなく、しっかりと押して水を切る。そうしないと、あんが水っぽくなってしまう。
あんは、1回の調理で最大7~8人前作れるが、作り置きはしない。常連には分かるくらい、味が違ってしまうからだ。麺の作り置きもしない。時間がたつと麺が黒くなる。スープ麺ではないので、あんの下に見える麺の色も大事だという。「多く麺を作って、残してまずくなるよりは、売り切れるくらいがちょうどいい」と川崎さんは語る。
ここまでこだわって、手間暇かけて、1杯690円だ。安さへのこだわりも譲れない。そもそものルーツが、額に汗して働く人たちに愛された「腹持ちして、栄養バランスも良く、安い」だからだ。
勝田といえば焼き肉冷やし
できたてをいただく。川崎さんこだわりの麺を引き上げると、絶妙にあんがからんでくる。固まらず、ゆる過ぎもせず、ちょうどいい塩梅で麺に絡みつく。肉のボリューム感もうれしい。常に肉と合わせて口の中に入れても、最後まで肉がなくならない。肉好きにはたまらない配分だ。
スタミナ冷やしもいただく。焼き肉冷やしとの違いは明確だ。くせのあるレバーと甘いカボチャが、焼き肉冷やしにはない味わいを作り出す。たっぷりの野菜も、あんに独特の甘みを加えている。
川崎さんは、ひたちなか市勝田飲食業組合の会長を務める重鎮だ。勝田市内では現在、10店舗がスタミナラーメンを提供しており、そのとりまとめ、勝田ならではの味の普及にも奔走する。とはいえ「大進」の一番人気は焼肉冷やしで、来店客の約8割が注文するというほどの人気ぶりだ。勝田を訪れた際にはぜひ、そのおいしさを確かめてみてほしい。