こだわりの味と空気感 「盛岡の喫茶店」

投稿日: (更新日:

2023年1月、アメリカのニューヨーク・タイムズ紙が「2023年に行くべき52か所(52 Places to Go in 2023)」を発表、岩手県の盛岡市がイギリスの首都ロンドンに続く2番目に紹介された。これを機に今、盛岡が大きく注目を集めている。同紙で盛岡の魅力を紹介した作家のクレイグ・モド氏は盛岡を「川や山々の自然が、散策にぴったりな街中の景色に美しく溶け込んでいる、おいしいスコーンやコーヒーもある、最高の街」と評した。町に溶け込んだ自然の美しさには、これまでも多くの人が魅了されてきただろうが、盛岡の魅力として「おいしいスコーンやコーヒー」に着目したことには、驚きを禁じ得なかった。そう、盛岡の魅力の一つが喫茶店なのだ。

「てくり」の喫茶店特集号と「盛岡の喫茶店おかわり」
「てくり」の喫茶店特集号と「盛岡の喫茶店おかわり」

盛岡の喫茶店の魅力について早くから着目し、特集記事を掲載してきたのが、まちの編集室が編集・発行する地元のミニコミ誌「てくり」だ。盛岡の「ふだん」暮らしをテーマに、既存の情報誌や広報誌には載ることがない、 ちょっとうれしいこと、おもしろい人、紹介したいものごと……そんな日常の物語たちを集め、紹介するメディアだ。盛岡の駅ビル「フェザン」の中にあるさわや書店でバックナンバーや人気の特集を書籍化したブックレットを販売している。盛岡のまちあるき、喫茶店の魅力を楽しむなら、列車を降りたその足で「盛岡の喫茶店おかわり」を手に取ることをおすすめする。

「機屋」の焙煎機
「機屋」の焙煎機

実は盛岡の喫茶店、自家焙煎にこだわる店が多い。コーヒー豆だけ買う人も多いという。大学や専門学校が多い盛岡では、喫茶店は昔ながらの「たまり場」だ。今でこそエキナカや郊外で人気だが、盛岡の中心市街地である盛岡城跡公園近くに最初にオープンした「スターバックスコーヒー」はほどなく店を閉めたという。盛岡の人々にとって、喫茶店は単にコーヒーを嗜む場所だけではないということだ。

「機屋」は自家焙煎のコーヒー豆を販売
「機屋」は自家焙煎のコーヒー豆を販売

盛岡の老舗喫茶店には食事メニューがない。東京の喫茶店にはつきもののスパゲッティナポリタンやピラフはない。モーニングセットもない。あるのは淹れたてのコーヒーと「お茶請け」のちょっとした甘い物くらいだ。食住接近の盛岡では、食事を自宅で済ませてからコーヒーを嗜むという。なので、人気の喫茶店はいずれも住宅街に近い。まちなかに駐車場が少ないことも影響しているようだ。

「クラムボン」のオリジナルブレンド
「クラムボン」のオリジナルブレンド

そして盛岡の喫茶店には年配の人が多い。戦前生まれの世代でもコーヒー好きが多いという。喫茶店はそうした人たちのコミュニティーの場にもなっている。なので、お店のバリエーションも豊かだ。マスターとのおしゃべりを楽しむ、誰とも会いたくないとき一人の時間を過ごす……使い分けするのだという。

「NAGASAWA COFFEE」では水出しコーヒーを堪能
「NAGASAWA COFFEE」では水出しコーヒーを堪能

もちろんコーヒーの味にもこだわる。クレイグ・モド氏が紹介した「NAGASAWA COFFEE」は、喫茶店と呼ぶには広く明るい店構えだが、その中でも入り口を入ってすぐの「一等地」に巨大な焙煎機が鎮座、店主の長澤一浩さんがコーヒー豆を焙煎していた。店の真ん中にある巨大なテーブルも、その半分は販売用のコーヒー豆が占拠していた。店の中で、そしてテイクアウトでコーヒーを飲めるだけでなく、業務用のコーヒー豆の卸しも手がける。こだわり抜いたコーヒー豆をプロに淹れてもらったら、なんとも言えない香りと味を堪能できた。

盛岡の人気喫茶店「機屋」
盛岡の人気喫茶店「機屋」

2019年から「盛岡珈琲フェスティバル」を主催するのは「機屋」の関基尋さんだ。元々は、関さんの両親が始めた古布店。訪れた客にコーヒーを提供し始めたのが1985年。コーヒーへのこだわりは並み居る老舗にひけをとらない。東京の喫茶店でアルバイトながら「そんなにコーヒーが好きなら」と焙煎を任され、「店を辞めて自分でやれ」と言わるまで「珈琲道」に精進した。

「機屋」のオールドコーヒー
「機屋」のオールドコーヒー

コーヒーを淹れる湯温にも徹底的にこだわる。「ぬるく出すのは自信の現れ」とは関さん。ネルドリップにこだわる。「機屋」から巣立っていった人たちが営む喫茶店は、いずれもネルドリップだ。

「機屋」の関基尋さん
「機屋」の関基尋さん

こだわりは淹れ方だけではない。店の裏にはやはり焙煎機が鎮座する。最新の焙煎機は、モニターでその行程を管理する。職人は焙煎の間ずっとモニターを見つめて、焙煎の具合をチェックする。一方で関さんは焙煎機をじっと見つめる。「目の前で豆が変わって、色こうだな、香りがこうだなだなってやる」ことで「作りたいコーヒー」が完成する。モニターチェックの焙煎では、人工知能(AI)のような、全部同じ豆になってしまうという。

大量の豆をストックする「機屋」のエイジングルーム
大量の豆をストックする「機屋」のエイジングルーム

さらには豆。取材の際にいただいたのは、オールドコーヒー。関さんが選び抜いた世界各国のコーヒー豆を専用のエイジングルームに貯蔵。熟練の焙煎技術で豆本来の風味を引き出したものだ。店に隣接するエイジングルームも見せていただいたが、年、産地、種類が書き込まれた袋に詰められたコーヒー豆が建物いっぱいに積まれていた。

生豆が並ぶ「fulalafu」のショーケース
生豆が並ぶ「fulalafu」のショーケース

豆に対するこだわりでは「fulalafu」も出色だ。「こんな場所に本当に珈琲店なんかあるのか?」と思うほどの住宅地の一角にある。レディーメードのコーヒーもあるが、注目すべきは生豆。店のショーケースに並んだ生豆を選んで焙煎してくれる。豆のまま持ち帰ってもいいし、お願いすれば粉にもしてくれる。生豆の段階から、客の好みを聞いてつくる、いわば「オーダーメードのコーヒー豆」だ。もちろんすぐには持ち帰れない。豆を焙煎する間にコーヒーを嗜むこともできるが、オーダーが重なっていれば、出直す必要もある。それでも「fulalafu」で豆を買う。それが盛岡のコーヒー好きのこだわりだ。

「クラムボン」の焙煎機
「クラムボン」の焙煎機

店が変わった「六分儀」と並ぶ、盛岡の老舗中の老舗喫茶店「クラムボン」も訪ねた。やはり外からガラス越しに焙煎機が見える。「立派な焙煎機」ですねと声をかけると「焙煎機を褒められるのが何よりうれしい」とは、2代目の高橋真菜さん。「亡くなった父が中古で買った焙煎機なので、けっこうな年代物です」とのこと。「丁寧に淹れるので時間がかかります」など、穏やかな語り口で客をもてなす。木造の小さな、それこそ「昭和の喫茶店」だが、そこには独特の穏やかな空気が漂っていた。

「クラムボン」前面に焙煎機の煙突
「クラムボン」前面に焙煎機の煙突

ニューヨーク・タイムズ紙で紹介されたことで、喫茶店巡りに盛岡を訪れるような人も増えてきた。一方で、店の前で写メしてはそそくさと次の店へと向かう人も出てきているという。クレイグ・モド氏が最も注目したのは「盛岡の暮らし」だ。盛岡の喫茶店の魅力は、コーヒーそのものの味もさることながら、店主との何気ないやりとりやそのこだわりに耳を傾けたりと、いわば「店の空気感」だ。「スタンプラリー」ではその魅力を堪能したとは言いがたい。ぜひゆっくり、じっくりと盛岡の喫茶店の魅力を味わってほしい。

Copyright© 日本食文化観光推進機構, 2024 All Rights Reserved.