千葉県というと、多くの人が海のイメージを抱くだろう。九十九里海岸に代表される豊富なビーチは、かつては海水浴で、近年はサーフィンなどのマリンスポーツで多くの観光客を魅了する。もちろん魚も豊富。なので千葉で寿司というとおいしい魚が食べられるという第一印象があるが、実は内陸部にこそ個性的な寿司がある。まつり寿司、房総巻きなどとも呼ばれる太巻き寿司だ。
太巻き寿司は、古くから冠婚葬祭や集まりの時のごちそうとして受け継がれてきた、千葉県の郷土料理を代表するひと品だ。食べられているのは、上総(かずさ)および下総(しもうさ)という、房総半島の先端部を除く千葉県全域となる。とはいえ、やはり海沿いは魚が豊富にあることから、主として内陸部でよく食べられている。
農村の言い伝えではそのルーツは、葬式の時につくった芋がらの煮付けを具にしたおにぎり、あるいは紀州の漁師が房総方面までイワシを追いかけて来たときの弁当に持ってきためはり寿司という説もある。実は房総半島、その形や地名が紀伊半島と相似するなど、紀伊半島とのゆかりが深い。一方で、江戸時代の寿司文化が千葉に伝わり、明治時代に広まった上総海苔の養殖とあわさって誕生したとの説もある。
お祭り、節句、お花見など、年中行事や冠婚葬祭、家族のイベントに合わせて食べられてきた。かつては地元で地位の高い男性がつくり、ふるまうものだったそうだが、戦後、女性が調理するようになり、より華やかに進化したという。しかし、近年は衰退傾向にあった。特に「首都圏」と呼ばれる下総の東京寄りの地域ではベッドタウン化、都市化が続き、地域特有の食文化が薄れがちになった。しかし、日本型の食生活が見直されるとともに太巻きずしに注目が集まり、県内各地で技術の掘り起こしと継承が試みられ、現在に至っている。
最大の特徴はその美しさ。小さな海苔巻きをいくつも合わせて太巻きをつくり上げると断面に美しい絵模様が浮かび上がる。材料となっているのは、酢飯と海苔、そして卵焼きがメイン。彩りを添えるのは野菜やかんぴょう、漬物などだ。色づけにでんぶも使ったりする。鮮魚は使わず、野菜や漬物などが食材の中心なので、家庭でも調理することが可能だ。
バラ模様の太巻きずしをつくってみよう。使う材料はのりと薄焼き卵、紅ショウガ、野沢菜、酢飯。酢飯は白いままのものに加え天然の食紅でピンクに着色したものも用意する。まずは薄焼き卵を焼き、その上に小さくちぎったピンクの酢飯を細かく並べる。酢飯の間に紅ショウガを散らし、小さな卵焼きの寿司を作る。できあがったものを芯にして、さらに同じように薄焼き卵に散らしたピンクの酢飯、紅ショウガを丸めていく。二重の巻き寿司だ。
次に白い酢飯を海苔の上に広げる。そこに野沢菜に合わせた幅に切った海苔を敷き、その上に野沢菜を切らずに長いままのせる。そしてその間に、先につくった卵の巻き寿司をのせる。最後に卵の巻き寿司の上にさらに白い酢飯をのせ、すのこでしっかり巻けばできあがりだ。切る際には、包丁を濡らしておくことをお忘れなく。ゆっくりと引くように切るのがコツだという。
基本的に家庭料理なので、残念ながら飲食店ではあまりお目にかかれない。もちろんきれいにつくるには慣れも必要なので、手早く美しい千葉の太巻きが食べたかったら、内陸部にある道の駅や農産物の直売所に行くといいだろう。
都心に比較的近いのは、印旛沼畔にある佐倉ふるさと広場に近接する「マルシェかしま」だ。京成本線京成臼井駅と京成佐倉駅の間にあり、電車の車窓からも広場を見ることができる。佐倉ふるさと広場にはオランダ式の風車があり、春はチューリップ、夏はひまわり、秋はコスモスなど四季折々の花々が楽しめる。花見の共に、お花をあしらった太巻き寿司を食べるのもいいだろう。
香取郡多古町の国道296号線沿いにある「道の駅多古あじさい館」でも太巻き寿司を買うことができる。また、隣接する芝山町にある「道の駅風和里しばやま」でも買うことができる。近隣には水田も多く、地元産の美味しいお米を使った華やかな太巻き寿司が食べられる。
下総国の南、房総半島に入った上総では、夷隅郡大多喜町にある「道の駅たけゆらの里・おおたき」でも買うことができる。市原から勝浦へ向かう国道297号線沿いにあり、山の幸だけでなく、外房の海の幸もここで買うことができる。
使われているのは、いずれも素朴な食材ばかり。身近に手に入れられるものを工夫を凝らして「ハレの日の食」に仕立てていることがよく分かる。手間こそかかるものの、どこにでも手に入る食材ばかりなので価格もお手頃だ。家庭でのお祝い事の際に、ぜひ買って帰ってみるといいだろう。きっと食卓が華やかになるに違いない。