だしで味わうやさしい味 「石巻焼きそば」

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全国に点在するご当地やきそば。歯ごたえの強い蒸し麺にラードの絞りかすである肉かすを具にした富士宮やきそばや肉は挽肉、目玉焼きと福神漬けを添える横手やきそば、しょうゆ味の瀬戸焼そば、歯ごたえの強い親鳥の肉にみそだれのひるぜん焼そばなど、それぞれ他のまちにはない、独自の個性を持つ。石巻のやきそばは、二度蒸しの茶色い麺とソースを後がけにする、だしを生かした味付けが特徴のご当地やきそばだ。

茶色い麺をだし味で

石巻焼きそばを定義すると、必須の条件は以下の4点だ。①二度蒸しして茶色くなった生麺を用いる。②焼き上げる際に、だし汁かけて蒸し焼きにする。③目玉焼きをトッピングする。④食べる直前に好みでソースをかける、かけなくてもいい。特に①の茶色い麺と④のソースをかけるのは好みで、だしを味わうという点が他のご当地やきそばとの最大の違いといえるだろう。

庶民が気軽に食べられる石巻焼きそば

しかし、石巻焼きそばを旗印に石巻のまちおこしに取り組む石巻茶色い焼きそばアカデミーの木村均会長によれば、地元の人たちには、二度蒸し麺が全国的に珍しいものだという認識が乏しく「石巻焼きそば」を特別に意識する機運は低かったという。石巻の食をアピールするに当たってもやきそばではなく、もっと別の食べものの方がいいとの声もあったそうだ。しかし、庶民が気軽に食べられるやきそばこそ「地元の味」と根気よくまちおこしの活動を続けてきた。

B-1グランプリなど多くのイベントで石巻焼きそばを提供

その後、石巻茶色い焼きそばアカデミーがB-1グランプリに出展する。これによって、石巻の魅力を全国にも広げることができ、さらには同じ志を持つ、地元の食でまちおこしに取り組む団体ともつながることができた。木村会長は「それがすごい財産になった」と語る。

二度蒸しで茶色くなった麺

石巻でやきそばが盛んに食べられるようになったのは戦後のことだ。戦後間もなく、地元の春元製麺所の先代社長が、焼いてもベタ付かない麺ができないか試行錯誤、中華麺でよく使われる強力粉より粘りの弱い中力粉で麺を打ち、二度蒸しする製法を編み出した。当時、屋台など冷蔵庫を持たない店が多かったこともあり、生麺に比べて日持ちのする「茶色い麺」は、またたく間に広がり、石巻の他の製麺所も多く手がけるようになり、ついには、石巻ではやきそば麺と言えば二度蒸しが当たり前になった。

しょうゆ味のだしを加えて蒸し焼きに

もうひとつの特徴であるだしによる蒸し焼きに関しては、石巻焼きそばの提供店の営業形態が背景にあると、木村会長は語る。提供店の多くは食堂で、やきそば以外にもそばやうどん、ラーメンなどの汁物も提供していた。そこで使うそばつゆをやきそばの味付けにも流用したのだろうという。

ソースは後がけ

なので、石巻焼きそばに使うだしは、しょうゆ味が基本だ。そのために、あえてソースをかけなくてもそのまま美味しく食べられるのだ。とはいえ、石巻の人たちはソースが大好き。何にでもソースをかけて食べるくせがついており、そこで、そのままでも味がついたやきそばにソースを後からかけて食べるようになったのだという。

「藤や食堂」

実際にお店で石巻焼きそばを食べてみよう。最初に訪れたのは、JR石巻駅近くにある「藤や食堂」。店主は、アカデミーの初代会長だ。肉・野菜・卵がすべて入った特製焼きそばを注文する。使っているのは、地元・島金商店の焼きそば専用の生麺だ。具と一緒に炒めて蒸し焼きにして皿に盛る。ソースは別途テーブルに用意されていて、好みに応じてかけるのが基本だ。まずはソースなしで、デフォルトの味を確かめる。

「藤や食堂」の特製焼きそば

だしが効いた優しいしょうゆ味はあえてソースを必要としないくらいの味わいだ。味を確かめるというよりは、このだし味こそが石巻焼きそばの基本といえるだろう。あまりの美味しさに半分以上、ソースを忘れて食べ進めてしまった。「味変」というよりは、ソースの味も確認しおこうという感覚でソースをかけてみた。石巻の人たちのソース好きもさもありなんと感じさせる、結構スパイシーで味の強いソースだった。ソースをかけると、一気に味がソースに支配される。その意味でも、まずはだし味をしっかりと味わい尽くしてからソースをかけるのがおすすめだ。

具だくさんの「八鶏飯蔵」の石巻焼きそば

「八鶏飯蔵」は焼き鳥と石巻焼きそばが自慢の居酒屋。駅前だけでなく、郊外にも店舗を構える。駐車場もあり、クルマでの訪店に便利だ。あっさりだしのうまみを生かした石巻焼きそばは、飲みのシメにも最適だ。石巻の酒肴とあわせてやきそばも味わいたい向きにはおすすめだ。

「石巻やきそば味平」

他にも石巻焼きそばを提供する店は市内に数多い。そんな中でも、石巻というまちの来し方をを知る上でぜひ食べておきたいのが「石巻やきそば味平」だ。旧北上川近くの移動店舗、キッチンカーでの営業だが、元々は東日本大震災の津波で壊滅的被害に遭った海沿いの南浜地区で営業していた。店主の尾形勝壽さんは店舗と家族を失った。大きな被災にもかかわらず、亡くなった奥様愛用の焼きそばの「こて」で、今も石巻焼きそばを焼く。

南浜地区の門脇小学校は津波と火災の惨禍を今に残す

石巻は、そもそも人口が多かったこともあり、市町村別では、東日本大震災で最も多くの人が亡くなっている。被災後、石巻を訪れる人も多くなった。そして石巻を訪れた人たちの多くが「せっかくだから石巻焼きそば食べてから帰ろう」という動きにつながっているという。

「100年フード認定証」を手にする木村会長

アカデミーが石巻焼きそばを全国に広め、一方で地元の提供店はしっかりと地元を守った。ちゃんと食べる場所を確保し、提供してくれる人たちがいたことで「石巻焼きそば」のブランドが確立されたというのが木村会長の認識だ。「麺が珍しく優しい、ふわっとした味わい。それを分かってもらって食べてもらえるとうれしい。一方で、地元の子たち向けには焼きそば教室も定期的に開催、やきそば文化を引き継いでいってほしい」と木村会長は語った。やきそばが石巻というまちを内外につなげていく。

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