酒びたしからはらこ飯まで 新潟・村上の鮭

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新潟県村上市は「鮭」と「酒」の名産地として知られる。同市を流れる三面川(みおもてがわ)は、鮭の遡上する川として知られるとともに、その伏流水は、地元でとれる上質の酒米とともに美酒を醸す。鮭が遡上を始め、やがて適度な湿り気を含む寒風が日本海から吹きはじめる初冬になると、村上は伝統の塩引き鮭づくりの時期を迎える。軒下に塩引き鮭がつるされるこの季節に、現地を訪れ、名物の鮭料理を味わった。

天井の梁には1000尾以上の鮭が

同地では、古くからから鮭を「イヨボヤ」と呼び、大切な収入源にしてきた。平安時代には京の都に租税として鮭を納めていたという記録が残るほどだ。しかし江戸時代後期になり、秋鮭漁が不漁となる。当時、鮭の生態は明らかになっておらず、対策もないままに、年を追って水揚げ高が減っていった。そんな時、長年にわたり鮭を観察し続けてきた同藩士、青砥武平治(あおとぶへいじ)が「不漁は乱獲が原因。回帰性のある鮭が三面川へ産卵に戻ってこれるよう保護すべき」と藩主に直訴する。そして、三面川に、鮭が産卵しやすいよう人工の分流を作ることを提案、その後、30年にわたる大工事で、事業は見事に成功、「鮭のまち・村上」の原動力となった。現在でも「村上を救ってくれた鮭は大切な天の恵み。鮭に切腹させてはならぬ」と、鮭のお腹は全て切らず、中ほどの一部を残すのが、村上のならわしとなっている。

中ほどの一部を残し「切腹させない」村上流

そんな村上の鮭の魅力を知るには、地元の名店「千年鮭 きっかわ」を訪れることをおすすめしたい。同店は、1626年(寛永3年)米問屋として創業、江戸時代の末期からは造り酒屋を営んでいた。太平洋戦争後、インスタント、化学調味料が広がるとともに、村上伝統の鮭料理が急速に作られなくなったこと危惧、酒の小売りの傍ら、江戸時代から受け継がれてきた吉川家の鮭料理を基に、各地で講習会を開き、鮭料理の伝承に尽力する。そして1960年、鮭の酒びたしや飯寿司をはじめ、塩引き鮭などの鮭加工販売をスタートさせる。

「鮭」ののれんが下がる「千年鮭 きっかわ」

現在も、明治時代に建てられた趣のある「町屋造り」の店舗を維持し、昔ながらの「座売り」で鮭製品を販売する。店舗裏手の作業場は、見学可能。天井の梁に鮭が1000尾以上も吊るされている光景は圧巻。天井が鮭で埋め尽くされている。足下には、桶で塩漬けにされた鮭も見える。これぞ「鮭のまち」といった光景だ。

桶の中にも鮭が

実際に鮭をいただこう。まずは定番中の定番、村上を代表する鮭料理、塩引き鮭から。新鮮な鮭をさばき、まず内臓を取り出す。そこに天然の粗塩をまぶし、そのまま寝かせて熟成させる。これをいったん塩抜きした後、北西の冷たい風の中に3週間さらすことで、ゆっくり乾きながら、発酵、熟成し、旨みを凝縮させる。村上特有の適度に湿度を蓄えた風が、鮭の酵素の働きを促し、タンパク質をアミノ酸の旨みに変える。

「悠流里」の塩引き鮭

北海道や東北で多く生産される「新巻鮭」は、塩抜きや干す過程を経ず(干す地域もある)、塩蔵のまま冷凍保存したものだ。鮭にほどこした塩がこぼれないように「荒いムシロ」で巻いたことから「荒巻鮭」と呼ばれたのがそのルーツだ。塩抜きしてから干すことで、塩からすぎず、かつ十分にうまみを蓄えた点が、他の地域の塩鮭と塩引き鮭との違いだ。

「悠流里」の酒びたし

そして、村上ならではの鮭の酒びたし。塩引き鮭を自然の風で1年かけてゆっくりと熟成させ、薄くスライスしたもの。長い時間をかけることで、塩引き鮭以上に旨みが凝縮され「味の芸術品」とも呼ばれる。1年もかけて乾燥させるため、からからかちかちだが、食べる前に日本酒をかけて「戻して」食べることから「酒びたし」と呼ばれるようになった。乾物のまま食べれば、噛むほどにうまみがあふれるが、日本酒をたっぷり蓄え、少し歯触りが優しくなった食感はまた格別だ。

鮭の焼き漬けは都内のアンテナショップなどでも買える

もう一つ、村上ならではのおいしい食べ方が、鮭の焼き漬けだ。焼き立ての鮭を熱いうちにカツオブシや昆布、シイタケなどのうまみ成分をたっぷり含んだかえしじょうゆに漬け込んだもの。2晩寝かせて完成だ。鮭そのもののうまみに加え、だしのうまみが加わることで重厚な味わいになる。また、漬け込むことで、適度に水分を蓄えた優しい食感にもなる。

鮭の生ハム

鮭のまちらしく、生ハムもある。塩引き鮭を約1カ月ほど日本海の寒風にさらして発酵させ、さらに低温で熟成を深めて完成する。一見スモークサーモン風だが、燻蒸はしていないため、鮭本来の味わいが楽しめる。そのまま食べてもおいしいが、ちょっと塩気があり、サラダに添えたり、サンドイッチやパスタにも合わせるとおいしい。

「悠流里」の鮭とば

鮭とばは、鮭を半身におろして皮付きのまま縦に細く切り、海水で洗って潮風に当てて干したもの。製法がシンプルな分、酒びたしにほどの深いうまみはないが、一方で手軽に食べることができる。気軽に酒の供にできるところがうれしい。

1年に3週間だけ味わえる美味

鮭のまちだけに、イクラも欠かせない。村上ではイクラを「はらこ」と呼ぶ。「千年鮭 きっかわ」では、水揚げされた鮭からすぐに卵を取り出す。さらに獲れたての卵を5ランクに選別、最高ランクのはらこだけを使い、かえしじょうゆに漬け、ビンに詰めしたものが、「極上はらこの醤油漬」だ。上質の旨みを持ち、濃く柔らかいはらこが獲れるのは10月下旬から11月中旬の短い間だけ。しかも、保存料を使わないため、賞味期間は冷蔵で5日間。1年のうちで3週間しか味わえない希少な味だ。他にはらこの粕漬けや味噌漬けもある。

「石田屋」のはらこ丼

はらこのしょうゆ漬けには、白いご飯がぴったりだ。もちろん村上でもはらこ飯が味わえる。「千年鮭 きっかわ」のはらこと鮭が食べられる「千年鮭井筒屋」や駅前の老舗旅館「石田屋」、カジュアルな和食レストラン「悠流里」などで味わえる。

鮭のミュージアム、イヨボヤ会館

他にも昆布巻きや佃煮など、鮭のまちでは、これでもかと鮭の食べ方がある。さらには、「イヨボヤ会館」という、三面川の鮭に関する歴史や文化などを知ることができるミュージアムもある。ぜひ、鮭のシーズンに村上を訪れ、鮭の魅力をあれこれ学ぶとともに、「〆張鶴」や「大洋盛」といった地元の銘酒を供に、美味の数々を味わってほしい。

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