群馬県は、日本でも有数の「麦食県」だ。うどん、パスタ、焼きそば…など、県内各地のご当地グルメにも「コナモン」が多い。農林水産省の「作物統計」によると、2019年の小麦の都道府県別収穫量で、群馬県は、北海道、福岡県、佐賀県、愛知県に次ぐ全国第5位を誇る。冬の長い日照時間、乾いた風、水はけのよい土壌などの自然条件を生かし、古くから米の裏作として小麦が盛んに栽培されてきた。
県内でも、特に小麦生産が盛んなのが、前橋や伊勢崎など中央部から太田など東部にかけての一帯。そうした地域で盛んに食べられ、地元ではソウルフードと呼ばれているのが、焼きまんじゅうだ。
その発祥には諸説あるが、江戸時代末期から明治期にかけて群馬県を大きく発展させた繊維産業にルーツを持つという説が有力だ。富岡製糸場でも知られるように、群馬県では、近世初期に始まった養蚕をベースに、絹織物が発達した。群馬県経済の中心都市である高崎も絹織物の商いで栄えた。現在はローカル線の色合いが強いが、高崎から八王子を結ぶJR八高線は、八王子から横浜までを結ぶJR横浜線を通じ、上州の絹織物を横浜から輸出するための短絡線としてつくられた歴史がある。そうした繊維産業の隆盛とともに、繊維関係の商工業者の間で食べられるようになったのが、地元産の小麦を使った焼きまんじゅうだった。
焼きまんじゅうの特徴として、まずふわふわの食感が上げられる。小麦粉に水を加えて練るうどんなど麺類に対し、焼きまんじゅうでは生地をつくる段階で、麹を混ぜて発酵させて練り上げる。小麦だけでなく、米作りも盛んだった上州で酒づくりのために使われていた麹がまんじゅうの生地づくりにも使われたとされる。
パン作りでも酵母としてイースト菌を使い、生地を発酵させてから焼き上げる。焼きまんじゅうの場合は発酵した生地を蒸してから焼くが、製法が共通することからも分かるように、その食感はパンによく似ている。蒸し上がったまんじゅうは、地元では「すまんじゅう」と呼ばれている。これを竹串に刺して、味噌だれを塗りながら炭火で焼いていく。
焼き方にも作法がある。蒸し上がったすまんじゅうを太い竹串に3~4個刺す。甘みを加えた味噌だれを刷毛で塗りながら、炭火でじっくりと焼き上げていく。たれが焦げて放つ香りが食欲をかき立てる。美味しく食べるなら、焼きたてに限る。イースト菌に比べ発酵力が劣る天然酵母を使った焼きまんじゅうの場合、冷めると硬くなりやすい。熱々、ふかふかのうちに食べるのがベストだ。
地元の人気店で、実際に焼きまんじゅうを食べてみよう。まず最初に訪れたのは、前橋市にある県内屈指の有名店「原嶋屋総本家」。安政4(1857)年創業で、初代の生家を模して建てられたという上州民家風の店舗にも長い歴史を感じさせる。さすがに人気店だけあって、開店時間前から焼き上がりを待つ客でごった返していた。
小麦粉に米麹を入れ発酵させたまんじゅうに、赤味噌やザラメなどを使った秘伝のたれを繰り返し刷毛で塗りながら焼く。結構長時間焼くのだが、その間、焼き手は手を休めることがない。何度も何度も味噌で塗っては、まんじゅうをひっくり返す。数え切れないほどの重ね塗りだ。そのていねいな作業が生み出す味は、抜群の美味を作り出す。
焼きたては、直接口につけるのが困難なほどの熱々。しかも何度も重ね塗りした味噌だれが、なんとも香ばしく焼き上がっている。口の中いっぱいに広がる香ばしさ、そして味噌だれが焦げたさくっとした食感…どれもが、今回訪れた他店と比べ、群を抜くものだった。しかもまんじゅうのふかふか具合がすごい。
「原嶋屋総本家」に限らず、焼きまんじゅうは冷えると食感が悪くなる。できればその場で焼きたてを食べてほしい。遠方へ持ち帰るなら、すまんじゅうを味噌だれとともに購入し、自宅で焼きたてを食べることをおすすめする。各店、持ち帰り用も用意されている。
次に訪れたのは、同じく前橋市内にある「田中屋本店」。こちらも有名店のひとつ。味噌だれは、甘みをより鮮明に感じた。こちらでは、あん入りの焼きまんじゅうも食べてみた。あんはこしあんが入っている。味噌だれの甘塩っぱさとあんの甘さが、なんとも不思議な感覚だ。すまんじゅうは、あん入りとあん無しで生地が違うのだろうか。あん入りはかなりしっかりとした食感だった。あん無しは、「原嶋屋総本家」にもまさるようなふかふかさだった。
高崎に移り「オリタ焼まんじゅう店」ものぞいた。こちらは、お母さんが一人で切り盛りしている。このお母さん、語り口はちょっとぶっきらぼうだが、実はとても親切。「どこから来たの?」「そんな遠くじゃ冷めちゃって美味しくない、家でトースターで焼いて食べた方が美味しい」と一人ひとりと会話しながら、ていねいに応対する。「ワンオペ」なので、あれこれお願いするとちょっとテンパり気味だが、それでも、すごく相手の立場に立って対応してくれている。
味噌だれは、やや薄めに塗って焼き、焼き上がり後、食べる直前にたっぷりと塗る、というよりかける。皿にたれた味噌だれをすくい取りながら食べると美味しい。
県北部・沼田の「東見屋まんじゅう店」も訪れた。酒種を使ったすまんじゅうは、やはりふかふか。ここでは、味噌だれをボトルに入れて販売もしていた。
東部の太田市では、ご当地グルメとして知られる上州太田焼きそばと一緒に焼きまんじゅうが食べられる。市内でも有名な人気店「岩崎屋」では、名物の真っ黒い焼きそばとともに、焼きまんじゅうも食べられる。もちろん、味噌だれだが、焼きそばのソース色にも引けを取らない、色濃い焼きまんじゅうだ。
かつては砂糖が高価で、甘味はハレの日の味だった。さらに炭火で香ばしく焼きながら販売するスタイルは、屋台にぴったり。地元では、花見や夏祭りなどの行事には欠かせない味でもある。県内各地に、驚くほど店があるので、訪れた際には、ぜひ一度食べてみてほしい。