もうすぐ夏。梨の季節がやってくる。梨の産地と言えば千葉県が有名だ。近年ではふなっしーの活躍もあり、梨=船橋というイメージを持つ人が多くなっている。2020年に新設された「船橋」のご当地ナンバープレートに描かれるイラストにも梨が採用されている。しかし、千葉に生まれて50余年、生粋の船橋市民である筆者には梨=船橋の自覚はまったくない。梨と言えば、市川や松戸などのイメージだ。南北に長い船橋市は、確かに北部には梨畑が多いが、古くから船橋と呼ばれていた海沿いの地域では、遠浅の海でとれる海苔や貝類がまず、地元の味として思い浮かぶ。
梨=船橋ではなく、梨=市川・白井
実際に千葉県内の市町村別の梨の収穫量(2006年)を農林水産省の統計で確かめてみよう。1位は6490トンの白井市、2位は6180トンの市川市、3位は5000トンの鎌ヶ谷市で、船橋市はこれに次ぐ3950トンだ。松戸は現在では収穫量こそ少ないが、二十世紀梨発祥の地として、地名にその名が残る梨のまちだ。
そもそも水はけの良い火山灰土壌で、海に近く温暖な北総地域は、梨の栽培に適していた。江戸時代中期の1769年に、現在の市川市八幡地区で栽培が始まった梨は、江戸に運ばれ、高級果実として人気を集める。このため、江戸時代末期には関東で最大の梨産地にまで成長した。日持ちの良くない梨だけに、消費地からの近さが生産拡大のカギになった。
ちなみに、市川市と船橋市は海に面してはいるが、市川市でいえば行徳などいずれも海沿いの地域に梨畑はなく、市川市で言えば市川駅以北の海から少し離れた内陸地域が梨の主産地になる。やはり、梨=船橋ではなく梨=市川・白井が、正しい認識だ。
一番人気は幸水 他県産なら夏終盤まで
千葉県の梨の特徴は、直売で流通する比率が高い点だ。特に市川市は東京都との県境に位置する。このため、農協などを通じての出荷だけでなく、道路に面した畑の一部に店舗を構え、東京などからやってくる消費者に直接販売するケースが多い。
有名なのは、市川市大町にある大町梨街道。都心からクルマなら1時間もかからない。鉄道でも通勤路線の北総鉄道で日本橋からわずか40分だ。夏になると、国道464号線沿いに、実に50軒もの梨の直売所が店を開く。お盆前にここを歩くと圧巻だ。
最も人気が高い品種は幸水。年によって違いはあるが、旬はおおむね8月上旬~中旬。わずか2週間程度だ。黄色がかった褐色で、肌はやや粗く、大きさは300グラム程度でやや扁平な球形。真っ白な実は、甘みが強くジューシー、酸味が少なく歯ごたえもあるため、非常に人気が高い。旬が2週間ほどと短く、水分が多く日持ちもしないので、出荷が始まると争奪戦状態になる。味が良い上に収穫時期がお盆直前と言うことで、帰省の手土産として人気が高まった。あまりの人気の高さと旬の短さから、茨城県や栃木県、さらには福島県でも生産されるようになり、北に行くほど出荷時期が遅くなるため、現在では夏の終わりまで幸水が楽しめるようになった。
幸水と入れ替わるようにして市場に並ぶのが豊水だ。赤褐色で、ざらついた肌質が特徴。果実は幸水に比べて大きく、400~500グラムの腰高の球形だ。幸水より糖度が高く、濃厚な味わい。日持ちも幸水より長くなる。その後、あきづき、新高と品種が変わり、より大ぶりになり、日持ちも長くなる。新高なら、冷蔵庫に入れておけばひと月も持つ。
かつては梨というと長十郎や二十世紀が人気の品種だったが、いずれも千葉県ではほとんど生産されていない。長十郎の現在の主産地は青森県だ。千葉県では幸水の人気に押される形で姿を消した。
二十世紀は松戸市が原産のご当地品種だが、現在は一宮町やいすみ市など房総地区で細々と生産され、北総地域ではほとんど見かけない。ジューシーで甘みと酸味のバランスも良いすっきりした味わいだが、病害虫に弱く栽培に手間がかかることと収穫期が遅いことがネックになり衰退した。果汁が多い梨は盛夏に好まれるため、収穫時期と需要期が一致する幸水にやはり市場から追われた。現在は鳥取県が主産地で、二十世紀は鳥取県産梨の代名詞にすらなっている。
予約は7月中に 梨の買い方
梨農家では、朝早くに収穫した梨を選別し、上質のものは箱詰めにし、贈答用として販売する。大町梨街道では、この贈答用の箱詰めはきわめて人気が高く、例年出荷が本格化する前の7月内に予約をしておかないと入手困難だ。箱詰めにされなかった梨は、袋詰めにされる。これが店頭にずらりと並ぶ。各直売所で冷蔵庫でキンキンに冷やした試食用の梨が食べられるので、色々食べてお気に入りを買うといいだろう。自宅で食べるなら袋入りで十分だ。
自宅に着いたら即冷蔵庫へ。キンキンに冷やすのが、梨の最もおいしい食べ方だ。縦割りにして芯を取り、皮を剥く。切っている最中にも冷んやりジューシーな果汁が果肉からしたたり落ちる。この水分こそが梨の魅力だ。
甘すぎず、酸っぱすぎず、シャリシャリとした歯触りが涼感を醸し出す。瓜の一種であるスイカにはない、この果実感が梨の魅力だ。
この夏は、ぜひもぎたてを食べてほしい。