どて煮、味噌かつ、味噌煮込みうどん、味噌おでん…名古屋めしと言われる料理の多くが味噌味なのは皆さんご存じだろう。しかも、その味噌はちょっと赤みがかった八丁味噌と呼ばれる豆味噌がベースになっている。名古屋に限らず、三重・松阪の鶏焼き肉、同じく三重・亀山のみそ焼きうどん、浜松の菜飯田楽など、中京地区で広く八丁味噌の味は愛されている。ではその八丁味噌とはどんな味噌なのか。まずは味噌蔵をのぞいてみよう。
八丁味噌とは、愛知県岡崎市にある岡崎城から西へ八丁(約870メートル)の距離にある八帖町(旧八丁村)にある「まるや」と「カクキュー」で造られている味噌のことだ。八帖町は矢作川と旧東海道、水路と陸路が交わる交通の要所。江戸時代には船着き場と塩の専売場があり、原料調達が容易だったことと矢作川の良質な状流水にも恵まれていたことから、八丁味噌造りが行われるようになった。
味噌は大豆に塩を加え、麹で発酵させて作る調味料だが、糖やアミノ酸を発酵させて味噌特有の味や香りを形成する酵母の違いによって、米味噌、麦味噌、豆味噌と大別される。八丁味噌は、このうち大豆麹をつくり、塩と水だけを加え、仕込む味噌で、その色合いから赤味噌とも呼ばれる。
良質の大豆を厳選し、よく洗って水に浸し水分を含ませる。その後、水を切って蒸す。蒸し上がった豆は冷まして、丸い味噌玉にする。これに麹をふりかけると、4日で豆麹ができあがる。この豆麹に塩水を加え巨大な杉桶に踏み固め、空気が入らないように仕込んでいく。さらにこの上にトン単位の石を積み上げ、熟成させていく。八丁味噌が完成するまでには、二夏二冬(2年以上)を要する。
完成した八丁味噌は、赤と言うより黒に近い色で、固いのが特徴。実はそのまま味噌汁などに使うにはクセが強すぎるため、米味噌など違う製法の味噌と合わせたものが赤だしだ。八丁味噌と赤だしは混同されがちだが、赤だしはだしを含んだ味噌ではなく、実は八丁味噌をベースにした合わせ味噌のことを指す。
では、八丁味噌を使った中京圏ならではの料理を見ていこう。まずはどて煮だ。もつを砂糖とみりんで甘みを効かせた八丁味噌で煮込んだものだ。串に刺したもつを味噌おでんのたねのひとつとして食べるものだが、本場のどて煮を味わいたいなら、ぜひ堀田にある「品川」を訪ねてほしい。テーブル席もあるが、多くの客たちが店頭で立ち飲みしている。
そこには、どて煮の大鍋があり、隣ではどて焼きを焼いている。真っ黒と呼んでいいだろう、よく煮込まれたもつとこんにゃくはビールやチューハイにぴったりだ。ぐつぐつと煮込む大鍋から発せられる、むっとするほどの熱気が、ビールの冷たさをひときわ鮮明にする。
どて焼きの焼き台のその隣にはフライヤーがあり、そこで串かつを揚げている。揚げたての串かつをひょいとつまんで、どて煮の汁の中にどぼんと浸して食べたのが、味噌かつのルーツとされている。多くの店では、最初から味噌付きで皿にのってくるが、ここでは自ら「どぼん」できる。
味噌かつと言えば、東京にも支店がある「矢場とん」が有名だ。味噌かつというとどろりとした味噌だれを想像しがちだが、「矢場とん」の味噌だれはさらっとしている。「どて煮の鍋に『どぼん』」を再現すべく、あえてさらっとした感覚に仕上げているという。また、油を使ったかつと八丁味噌はいずれも味がもくどいもの。合わせた時に食べやすいよう、食材、調理には最新の注意を払っているという。
実は「矢場とん」、かつの肉が柔らかくてとてもおいしい。ソースで食べても、かなり上質のとんかつとして食べられる。甘みの強い、脂質を抑えた鹿児島産生黒豚を使用する。1週間に14頭分しか入荷しないとのことで、矢場町本店や東京銀座店など限られた店でしか食べることができないという。
「品川」でどて煮のこんにゃくのおいしさに驚かされたが、ならば味噌おでんもぜひ食べてみてほしい。これまた「真っ黒」と呼んでいい豆腐、大根、卵…。一見くどそうに見えるが実に味わい深い。追い味噌だれをかけて食べるのも、名古屋ならではだ。これで、しょっぱすぎないのだから、色だけでは味は判断できない。
そして最後は味噌煮込みうどんだ。「山本屋」と「山本屋総本家」が人気の双璧を成す。どちらの店も、エキチカの店などでは、ランチタイムを過ぎてなお行列が続く。
味噌煮込みうどんはぐつぐつと煮えたぎった鍋で提供される。そして、蓋付きでテーブルに運ばれてくるのがお約束だ。しかし、蓋は煮込んだ後、配膳される前に乗せられたもの。鍋のように熱くはない。まずは蓋をひっくり返し、煮えたぎった鍋からうどんを移して少し冷ましてから口に入れる。
最後に鍋に入れられた生卵は、適度にうどんを食べてから黄身を崩すのが常道だ。そして多くの名古屋人にとって、味噌煮込みうどんにライスは不可欠。うどんを食べ終えたら、そこにライスを入れて雑炊風にして、味噌スープを残さず完食する。
その色、見た目に中京圏以外の人には箸を伸ばすのを一瞬ためらいがちな八丁味噌グルメだが、いずれも見た目ほどくどく、しょっぱくはない。逆に、酒が進む、いい味の濃さとも言える。「まるや」と「カクキュー」ともに、気軽に工場見学ができる。中京圏ならではの味噌造りを間近で見て、ぜひ地元でそのおいしさを味わってみてほしい。