豚肉×茶一色=グンマの味 「西上州たれかつ丼」

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東京に長く住んでいると、かつ丼というとそば屋などで食べる、かつおぶしのだしが効いた卵とじのかつ丼を思い浮かべがちだ。しかし、かつ丼にも実は地域性がある。長野県や福島県会津地方、福井県などではかつ丼と言えばソースかつ丼が一般的だ。群馬県も桐生市を中心にソースかつ丼が有名だ。しかし、一般的にはあまり知られていないが、富岡市や藤岡市、安中市など「西毛」あるいは「西上州」と呼ばれる地域では、広くたれかつ丼が食べられている。

藤岡「甘楽亭」のたれかつ丼

たれかつ丼というと新潟が有名だ。揚げたてのカツを甘辛いしょうゆだれにくぐらせ、ご飯の上にのせたシンプルなスタイルで知られる。西上州のたれかつ丼も、やはりしょうゆをベースに和風味に仕立てたかつ丼だ。焼きまんじゅうなど群馬の名物料理は茶色いと言われるが、この丼も、見事なまでにまっ茶色になっている。

下仁田「きよしや食堂」のかつ丼

最初に注目したのは下仁田。下仁田のたれかつ丼は、大正後期にはすでに町内の飲食店で提供されていたという、歴史と伝統を誇るご当地かつ丼だ。現在、たれかつ丼を提供する8店舗で下仁田かつ丼の会を結成、共通の幟を作成したり、スタンプラリーを実施したりと、対外的に下仁田たれかつ丼の魅力を発信する活動を続けている。

下仁田かつ丼の会の幟が躍る「きよしや食堂」

その中でも特に人気が高いのが、上信電鉄の終点、下仁田駅のすぐそばにある「きよしや食堂」だ。なかなかの繁盛店のようだが「人手不足のため、お客様に協力」してもらうと張り紙するなど、あれこれ客に注文が多い。しかし、決して手を抜いているわけではない。出てくるまで時間がかかるが、どうやら注文を受けてから作り始めるようだ。

かつは2段重ね

たれがたっぷりかかったご飯の上には、やはりたれをまとったやや小ぶりなかつが2枚のっている。地元の銘柄豚を使っているとのこと。千切りキャベツやタマネギなどはない。ご飯とかつとたれのみの直球勝負だ。しょうゆベースの甘辛だれは、思っていたほど甘くはなかった。日本古来の照り焼きが、アメリカの「teriyaki」ほど甘くないように、実に上品な味付けだ。

小鹿野「昭和」のわらじかつ丼

たれが染み込んだかつが2枚のった甘辛のたれかつ丼…食べ終えてふと気づいた。群馬から県境を越えた小鹿野のわらじかつ丼がまさに甘辛しょうゆだれのかつが2枚のっていることに。しょうゆをベースに砂糖で甘みを加えたたれに揚げたてのカツを投入、したたり落ちるたれをどんぶりのご飯で受け止めながら、2枚のかつを盛る。わらじなので「1足=2枚」と小鹿野では聞いていたが、不思議と共通している。

小鹿野「東大門」のメガわらじカツ丼

元祖店と言われる「安田屋」も、「昭和」も、メガわらじカツ丼で知られる「東大門」も、小鹿野のわらじカツ丼は、みなかつが2枚にしょうゆベースの甘辛だれで味付けしてある。ちなみにわらじかつ丼は、現在では小鹿野の隣町である秩父市のご当地グルメとしても広く知られている。

小鹿野「安田屋」のわらじかつ丼

県境をまたいではいるものの、共通項は多い。とすれば、これは群馬県西部から埼玉県北部にかけての地域性ではないかと推測して調べ始めた。すると、下仁田と小鹿野の間に広がる地域でけっこうたれかつ丼が食べられていることに気づいた。

藤岡市内にある「甘楽亭」本店

まず目についてのは藤岡市。ネットで検索すると「甘楽亭」にたどり着いた。1905年創業、老舗の「百年食堂」だ。創業当初は、牛すき焼きがメイン料理で、現在のたれは当時使っていたすき焼き用のわりしたをアレンジしたものだという。まさにしょうゆベースの甘辛味だ。

かつの下には千切りキャベツも

たれは創業以来の継ぎ足し。揚げたてのかつを、熱いたれに浸して作る。常に加熱されているため、たれ本来の味を守るため、熟成度や濃淡に分別した何種類ものたれを用意し、味の変化に応じて調合しているという。このたれが実にうまいのだ。

「甘楽亭」のたれかつ丼(左)とたれヒレかつ丼

最初のひとくち目で甘さががつんと来る。これは後半飽きるかなと一瞬思ったが、食べ進むにつれ、甘さが気にならなくなってくる。というか、甘さがうまさで分からなくなってくる感じだ。ご飯とのマリアージュも絶妙だ。かつ丼に使われるべくして誕生したたれではないかと錯覚したほどだ。そして、お約束通りかつは2枚だった。ひれかつ版も2枚だ。これは偶然なのだろうか? ちなみに藤岡では他に、「ぱくり亭」もたれかつ丼を提供しているようだ。

「板鼻館」のタルタルカツ丼

タルタルカツ丼を商標登録しているのは、安中の「板鼻館」だ。タルタルソースをのせて食べるオリジナルのかつ丼だが、ベースのかつ丼はやはりたれかつ丼だ。しょうゆベースの甘辛だれに浸したかつがご飯の上に鎮座している。

タルタルソースは自ら作成

タルタルソースは、マヨネーズがたっぷり添えたれたゆで卵を、自ら細かく切って混ぜて作る。マヨネーズは味が強いので、まずはタルタルソースをつけずにかつをかじってみる。ほんのり甘い、やはりしょうゆベースの味わいだ。ただし、「板鼻館」ではかつはさらに小ぶりで3枚だった。

カツの下にはタマネギ

そして、カツの下にはたれでしっかり煮込んだタマネギが敷かれている。感覚的には、卵を抜いた卵とじかつ丼のような味わいだ。とはいえ、マヨネーズの味は強力で、タルタルソースをのせた後は、和風なたれの味は、マヨネーズの味に凌駕されてしまった感じだ。

「たれかつまるい食堂」のたれかつ弁当

群馬県から県境を越えて、寄居に入る。そこで出合ったのが、たれかつを店名に掲げる「たれかつまるい食堂」だった。冷めても美味しいということで、今回はテイクアウトの弁当で食べた。やはりやや甘さ控えめのしょうゆだれをまとったかつは3枚のっていた。冷めても美味しい秘訣は脂身の少なさ。これまでの各店はロースなど、けっこう脂身の多い肉を使っていたが、実にあっさりとしたかつだった。ちなみに寄居では、百年食堂の「今井屋」でもたれかつ丼が食べられる。

(左上から時計回りに)寄居、藤岡、小鹿野の各たれかつ

下仁田、安中、藤岡、寄居、小鹿野と食べ歩いてきて、たれかつ丼は特定の個店のメニューというわけではないようだ。各地域で、複数店で提供されている。調査の母数としてはまだまだ少ないが、どうやらこの一帯に「西上州たれかつ丼」とでも呼べそうな食文化があるのではないかという気がしてきた。

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