完成度高い味のバランス 「小松塩焼きそば」

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建設機械メーカー・コマツの企業城下町であり、長く石川県、福井県の空の玄関口としての役割を果たしてきた石川県小松市。市内には多くの中華料理店が存在し、市民に愛されている。そんな小松市民のソウルフードと呼ばれているのが、個性的な食感とやきそばでは珍しい塩味が特徴の小松塩焼きそばだ。

今はなき「餃子菜館清ちゃん」の炒麺

今でこそ中華料理店が目立つ小松だが、かつては中華不毛地帯だったという。そこへ、東京で修業を積んだ高輪清さんが、屋台でギョウザの提供を始め、今から60年ほど前に、JR北陸本線小松駅すぐそばに「餃子菜館清ちゃん」を開店する。その後高輪さんは、小松ならではの美味しい味を創り出そうとメニュー開発に取り組む。そして巡り合ったのが「炒麺(チャーメン)」という中国風の焼きそばだった。

「餃子菜館清ちゃん」の太麺

これをベースに、「餃子菜館清ちゃん」ならではの焼きそばが誕生する。生の太麺にモヤシ、さらにはネギ、ニンジンを、麺やモヤシの太さに合わせた細切りにして炒める。味のベースは塩、隠し味に地元・大野産のしょうゆも加える。塩と少量のしょうゆを使うことで、ソース味とは違った、すっきりと食べやすい、まさに小松ならではの焼きそばに仕上がった。その後、この味は市内の多くの店に広がり、小松塩焼きそばと名付けられ、小松を代表するご当地グルメになった。

メニューには「炒麺」と表記

昨年、高輪さんの高齢もあり、惜しまれながら「餃子菜館清ちゃん」はその歴史を閉じた。2014年に訪店した際には、店頭などには「小松塩焼きそば」を掲げつつも、メニューには「炒麺」と表記されていた。元祖店ならではのこだわりをそこに感じた。

伝統を受け継ぐ「餃子菜館勝ちゃん」

個性的な太麺は、松尾芭蕉も食べたといわれる小松の郷土食「小松うどん」にも通じる。もっちりとしたコシのある太麺は小松うどんの製麺所で編み出された。乾麺ではなく生麺を使うのも小松うどんの流れをくむ。このもっちりとした歯ごたえのある食感は、蒸し麺のコシとはまた違った、小松塩やきそばならではの個性になっている。

「餃子菜館勝ちゃん」の小松塩焼きそば

「餃子菜館清ちゃん」なき後、小松塩焼きそばの旗艦店とも言える存在が「餃子菜館勝ちゃん」だ。同店の創業者は、高輪清さんの弟、正勝さん。清さんとともに、小松の中華料理、小松塩焼きそばの発展・普及に尽力してきた。現在は2代目が、伝統の味を守り続けている。

シンプルイズベスト

祝日のランチタイムに合わせて店を訪れた。11時の開店を待って店に入ると、次々に客が訪れ、10分としないうちに満席になり、店の入り口付近に置かれた椅子では、空き席待ちの客も現れた。相当な人気店のようだ。店構えも立派で、家族でハレの日に食事をする、まちを代表する中華料理店、そんなイメージだ。

見た目以上のボリューム

カウンターに座り、小松塩焼きそばの登場を待つ。カウンター越しのキッチンでは、調理が始まった。ごつんごつんと中華鍋を振る音が重厚に響く。清さんの味を最も受け継いでいるという目の前に現れた小松塩焼きそばはとてもシンプルだった。やや小ぶりな皿だったこともあり、大盛りを頼めば良かったかなとも思ったが、食べ始めてみると太麺は、けっこうボリューム満点だった。

もちもちの太麺

特筆すべきは、その太麺のもちもち感。蒸し麺のしっかりした歯ごたえとは別次元の、ソフトでありながらも、しっかりと歯を受け止める食感だ。コシと呼ぶと硬すぎるかもしれない。もちろん、柔麺でもない。噛み切る、ほんの最後の一瞬だけ歯に当たるような食感と言えばいいだろうか。それがなんとも心地よい。

具は細く刻まれている

味付けは、ソースのような強引さはない。スパイス主体のソース味は、パンチはあるものの、素材そのものの味わいをも凌駕しかねない。しょうゆを加えた塩味は、麺の味わいや、野菜のうまみを感じさせつつも、焼きそば全体を見事な完成度の味に仕立て上げる。その微妙な味わいに合わせたように細く刻まれた野菜も、料理全体の味を引き締めている。ニンジンの食感やキャベツの甘さを感じさせつつも、それが焼きそば全体の味の中で、見事に調和している。これこそが小松塩焼きそばの魅力と言える。

「中国食堂餃子屋なおけん-尚軒-」

味の確認のため、もう1軒はしごすることにした。中心部からは少し離れた場所にある「中国食堂餃子屋なおけん-尚軒-」だ。中華を中心に、おつまみメニューなども充実するなど、少し幅広なターゲットを想定したであろうお店だ。

「尚軒」の小松塩焼きそばスープ付き

麺が若干細めのような気がするが、思い過ごしだろうか。「餃子菜館勝ちゃん」に比べると、ややコシが強い。明らかな違いは、具の切り方が大ぶりなこと。その分、具の味が前面に出やすい。全体の味付けも、メリハリが効いている。塩味であることをはっきり自覚できる味付けだ。

麺には若干コシがある

さすがに本家の味を継承する「餃子菜館勝ちゃん」の完成度にはいたらないものの、ソース焼きそばなどにはない洗練された塩焼きそばの味わいが堪能できる。

具は少し大きめだった

最後に聖地巡礼。店を閉じた「餃子菜館清ちゃん」を訪ねてみた。「中華飯店」の文字が掲げられていた赤茶色のタイルだけが、そこがかつて人気中華料理店であったことの痕跡だった。しかし、その味は「餃子菜館勝ちゃん」など多くの店に受け継がれている。今後も小松市民のソウルフードとして、長く愛され続けていくだろう。

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