牛の本場で食べる”地元の味”「松阪鶏焼き肉」

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三重県松阪市は、日本三大和牛のひとつ、松阪牛の産地として知られる。霜降りの松阪牛は高級ブランド牛肉の中でも特に高級品のイメージがあるが、実は松阪を中心とした決められた地域で肥育されていれば、肉質の善し悪しにかかわらず松阪牛と呼ぶことができることはご存じだろうか。また、その条件は肥育であり、子牛は但馬牛など全国各地から購入した黒毛和種であることもあまり知られていない。そして何より、地元・松阪の人々にとって「焼き肉」といえば、牛ではなく鶏、という事実も多くの人たちに驚きをもって受け止められるだろう。

専門店以外でも鶏焼き肉は食べられる

古くから松阪は、伊勢神宮に通じる宿場町として発展してきた。昭和の時代に入ると、郊外の農家では、採卵用に鶏を飼うようになり、養鶏が盛んになった。以前、笠岡ラーメンの項でも紹介したが、採卵用の養鶏が盛んな地域では、卵を産まなくなった、いわゆる廃鶏を「ありがたくいただく」という文化が生まれがちだ。松阪も同様で、昭和40年代以降に、廃鶏を味噌だれで絡め、網の上にのせて焼いて食べる習慣が根付いていった。これが、松阪鶏焼き肉誕生の経緯だ。

レバーなどもつも味噌だれで

現在、鶏焼き肉をメインにする飲食店が、松阪市内には20軒ほどある。その条件は、①味噌だれであること、②網焼きであること、③鶏焼き肉を専門に置いていること(メニューの最初が鶏肉であること)の3点だ。

中まで火を通すのには時間がかかる

三重県は、関西と中京の端境に位置する県だ。両地域の食文化が混在する傾向が強い。味噌だれはもちろん、中京の豆味噌だ。松阪周辺でも、赤い豆味噌が家庭に普及しており、鶏焼き肉も自然と豆味噌の味付けになった。

「かしわの焼肉 トリユウ」

実際にお店で松阪鶏焼き肉を食べてみよう。訪れたのは、市内にある「トリユウ」。看板には「かしわの焼肉」と大きく掲げられている。歴史を感じさせる木造の店舗には、畳の小上がりがあり、テーブルには中に水を張った琺瑯のロースターが鎮座する。鶏の脂をまとった煙で真っ黒に変色した壁とともに、昭和の雰囲気を醸し出す。

「トリユウ」のメニュー

メニューの最初はもちろん鶏だ。若鳥、親鳥(ヒネ)、肝(レバー)…と並ぶ。というか末尾のテール(ぼんちり)に至るまで、肉は鶏肉のみだ。

新鮮な親鳥の肉に味噌だれをかけて網焼きに

メニュー通り、若鳥、親鳥(ヒネ)、肝(レバー)と注文する。皮は塩で注文した。肉は白い皿にのって登場した。どれも、鮮度を感じさせる鶏肉に、少しゆるめの味噌だれがかけてある。牛の焼き肉なら、たれをもみこんだり、漬け込んだりすることもあるが、鶏焼き肉はかけだれが基本だ。塩分の強い味噌だれに漬け込むと、浸透圧で鶏肉の水分が抜けてしまうのだそうだ。

ロースターで焼く

焼く前に、まずは肉全体に味噌だれをなじませる。鉄板ではなく、網で焼くことで、味噌が付いた鶏皮がなんとも香ばしく焦げてくる。この香りが食欲をそそる。ただし焦がしすぎないように注意が必要だ。牛の焼き肉とは違い、鶏焼き肉は全体的に厚みがある。焼き上がるまでには時間がかかる。しかし、油断しているとすぐに味噌だれの付いた部分が焦げてしまうのだ。焦がしすぎないように十分に注意しながら焼くのがポイントだ。

香ばし匂いが食欲を誘う

肉が硬いイメージの親鳥(ヒネ)だが、焼き上がって口に含むと、思ったほどの硬さではなかった。もちろん、親鳥特有の噛むほどににじみ出るうまみは健在だ。そして、焦げた味噌だれ、特に皮の部分の香ばしさが、抜群にビールを誘う。レバーも鮮度が良く、臭みは感じない。時々はさむ、塩胡椒で焼いた皮がいいアクセントになる。

シメのとり汁は具だくさん

「トリユウ」では、シメも鶏だ。とり汁は、つくねや卵も入った具だくさんの味噌汁。散々鶏肉を食べた後だが、同じ鶏でもつくねや卵など味や食感が大きく違うため、改めて美味しく食べられる。東京のやきとり屋なら最後は澄んだ鶏ガラスープだが、ここでも味噌汁というのが、豆味噌文化圏らしい。

牛には牛の鶏には鶏の魅力がある

この日の夜は、松阪名物のホルモン焼きをいただいたが、鶏焼き肉と牛焼き肉、どちらがいいかという発想は全くわかなかった。鶏には鶏の、牛には牛の良さがそれぞれあると感じた。特に豆味噌特有の濃い味わいをまとった淡泊な鶏肉は、脂をたっぷり蓄えた牛のホルモンや霜降り肉とは全く別世界の食べものと感じた。

B-1グランプリで松阪をアピール

松阪では、この鶏焼き肉を旗印にしたまちおこし運動にも取り組んでいる。地元の市民団体、Do it! 松阪鶏焼き肉隊がご当地グルメでまちおこしの祭典「B-1グランプリ」への出展などを通して、松阪鶏焼き肉の魅力を全国に発信、松阪に足を運んでもらえる人を増やすきっかけづくりに取り組んでいる。

久々で地元の出展

コロナ禍もあり、ここ数年、目立った活動ができなかったが、今回、地元の例祭・射和祇園祭に合わせた商店街のイベントとして、久しぶりの出展が行われた。味噌の焼けた香りに多くの地元民が引き寄せられる。やはり、地元の人々は皆、鶏焼き肉好きのようだ。

Do it! 松阪鶏焼き肉隊公認のたれ

Do it! 松阪鶏焼き肉隊では、専用の味噌だれも販売する。調理法はいたって簡単。新鮮な鶏肉にかけて網焼きするだけだ。松阪まではなかなか足が伸びないという人でも、たれだけなら通販で取り寄せられる。一度食べてみれば、松阪牛ではなく、味噌だれの鶏焼き肉を食べたがる、松阪の皆さんの気持ちが分かるはずだ。

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