焼きイモ、ふかしイモ…冬は甘いサツマイモの旬だ。サツマイモというと火山灰地の鹿児島県を思い浮かべるだろう。もちろん、県別生産量では全国トップを誇る。ただし、高い気温の関係で日本酒の醸造に適さない鹿児島では、焼酎の原料としての需要も多い。食用のサツマイモでは、鹿児島に次ぐ生産量を誇る茨城県産のサツマイモも見逃せない。
茨城県行方市にあるサツマイモのテーマパーク・なめがたファーマーズヴィレッジは、大学芋などサツマイモ菓子を手掛ける大阪の老舗菓子メーカーが、原料の生産地に作った施設だ。「いも・たこ・なんきん」と呼ばれ、古くから愛されてきた大阪のいも菓子も、生まれは茨城県だったというわけだ。
そんなサツマイモの名産地・茨城を代表するサツマイモ原料の食品といえば、干し芋だ。サツマイモそのものの甘さを生かし、干して保存性を高めた干し芋は、古くから愛され続けた茨城の味だ。
しかし、干し芋のルーツは、実は江戸時代の静岡県だ。茨城で生産されるようになったきっかけは日露戦争。戦場で食べる「野戦食」として干し芋が採用され、干し芋生産が全国に広がる。この時期に、茨城県内の那珂湊(現ひたちなか市)でも生産が始まり、原料であるサツマイモの栽培に適した水はけのよい土壌だったこともあり、同地に干し芋づくりが根付いていく。今では干し芋の全生産量の約9割が茨城県産だ。
かつての干し芋は、硬く食べにくいものだった。「野戦食」がルーツなだけに、味や食感よりも携帯性や保存性が優先されたからだ。しかし近年、サツマイモが本来持つ甘さを生かし、スイーツとして愛されるようになると、芋の品種改良や製造法が進化、柔らかく甘味豊かで、色鮮やかな干し芋が増えるようになった。
干し芋はサツマイモを干せばできるのかというと、そう簡単ではない。長い時間と多くの手間をかけてこそ、あの豊かな甘さと歯にまとわりつくような食感が作り出される。
まず最初に行われるのは糖化だ。サツマイモはでんぷんを多く含む食品だが、でんぷんは唾液に含まれるα-アミラーゼによって分解され、糖になる。サツマイモをゆっくり噛んでいると甘さが増して来るのはこのためだ。干し芋の甘さを高めるためには、この糖化が重要になる。
酵素などを使って糖化を促すこともできるが、サツマイモは、収穫された時からゆっくりと糖化し始め、糖化が止まることはない。水分が少しずつ抜けていくことで糖分が凝縮されていく。そう、寝かせておけばいいのだ。干し芋生産農家では、秋に収穫したサツマイモを、畑のビニールハウスなどで冬が深まるまで寝かせている。
糖化は加熱によっても進行する。焼きイモやふかしイモが甘いのはこのためだ。長期保存され、十分に糖化が進んだサツマイモをまず蒸す。そして、蒸し上がったサツマイモは干し芋用に切り分けられる。十分に熱が通ったサツマイモはほくほくになる。この状態なら、包丁では逆に切りにくい。皮をむき、数本のワイヤーを並べた台の上に乗せれば、いとも簡単にスライスになる。これを天日に干せば、干し芋の出来上がりだ。
小さな芋は、スライスせず、丸のまま干す。これが人気の高い「丸干し」だ。厚さがあるため、干しても中心部は水分が抜けきらない。水分が残るため、保存性は低下するものの、これがなんとも言えないねっとりとした食感を生み出す。
干し芋の食べ方としては、焼いて食べるのがおなじみだ。昭和の時代は石炭ストーブの上に干し芋をのせ、こんがり焼いて食べたりもした。かつての干し芋は、奥歯でも食いちぎれないほどカチカチだったため、少しでも食べやすくするため温めたという側面もあるが、少し焦げ目の付いた干し芋の香ばしさは、その甘さをいっそう膨らませてくれることにもなる。
今なら、トースターで炙るといいだろう。丸干しなら、歯を入れるとまず、表面はかりっとした歯触り、その下からはねっとりとした歯にまとわりつくような食感が楽しめる。高級店のケーキをもしのぐ、極上の甘味が満喫できる。
干し芋を満喫したいなら、産地・那珂湊を訪れるのもいいだろう。ひたちなか海浜鉄道湊線那珂湊駅のすぐそばには、干し芋メーカー「大丸屋」のアンテナショップがある。店舗裏のビニールハウスでは干し芋の乾燥が行われ、広大な店内には、丸干しや平干し、原料の銘柄も様々な干し芋がずらりと並ぶ。店頭には大きな干し芋のモニュメントまである。
極め付きは、干し芋の自動販売機だ。国営ひたち海浜公園前の大型ショッピングセンターそばの国道245号線沿いに、ぽつんと立つ自動販売機では、清涼飲料水と並んで、丸干しと平干しの干し芋を24時間買うことができる。
冬の終わり、今はまさしく干し芋の旬。ぜひ、自然の甘さを味わってほしい。