今年9月末、長崎に至る西九州新幹線がいよいよ開業する。新鳥栖から先、佐賀県内のルートが未だ決まっておらず、東北新幹線や九州新幹線の開業当初と同様、在来線の特急から乗り換える「リレー」方式での開業となる。起点となる武雄温泉は、TSUTAYAが運営を受託した、スターバックスを併設した図書館が話題になったが、そもそも温泉地としてもよく知られている。また、山内町とともに武雄市に合併した北方町は、炭鉱として栄えた歴史も持つ。炭鉱と言えば、過酷な肉体労働をスタミナで支えた「炭鉱メシ」が全国各地にある。北方の場合は、ちゃんぽんだ。
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長崎「四海楼」で誕生したちゃんぽんは、すぐに九州各地へと伝播していく。コールドチェーン誕生以前の明治時代だけに、地元で手に入りにくい食材は、地元産のものに代替えされていくと同時に、そこに住む人々の暮らしぶりも映されて変容していく。北方の場合、距離的には海からは遠くないが、地形の複雑な地域だけに、海産物が手に入りにくい。また、炭鉱で働く人々のために、腹持ちも重要だ。そこで、海産物の代わりに、地元産の野菜をこれでもかと大盛りにしたちゃんぽんが誕生する。
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鳥栖を起点に長崎へと至る国道34号線。大町町から武雄市に入り、長崎自動車道の武雄北方インターチェンジに至るあたりには、道の両側にちゃんぽんの看板を掲げた店が並ぶ。このあたりは地元では、「武雄・北方ちゃんぽん街道」と呼ばれている。そんな「ちゃんぽん街道」の店の中でも、ひときわ長い行列を誇っているのが「井手ちゃんぽん」だ。
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具のタンパク質は、豚肉、かまぼこ、ちくわ。海から離れているため、海鮮は入らない。で、とにかく野菜の量がスゴい。キャベツ、タマネギ、青ネギ、モヤシがたっぷりと入る。テレビや雑誌などでは、その盛りのよさが盛んに紹介されている。麺の大盛りだけでなく、野菜の大盛りもオプションで追加できる。ちなみに、特製ちゃんぽんはたっぷりのキクラゲに生卵がのる。ここでも、非海鮮系の追加オプションだ。スープはくせが少なく、とんこつが苦手な人でも食べられるほど。野菜の多さも相まって、東京のタンメンの感覚で食べられるちゃんぽんだ。
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実は「井手ちゃんぽん」、ちゃんぽんと並ぶ人気メニューがある。カツ丼だ。つゆだくでちょっと甘め。炭鉱町だけに、ちゃんぽん同様、ボリュームも満点だ。とろとろの半熟卵も魅力的。ちゃんぽんではなく、カツ丼目当てに通う人も多いという。
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ちなみに、九州各地や名古屋などにも「井手ちゃんぽん」があり、そちらでもカツ丼は人気メニューで、福岡空港内のフードコートには「井手カツ丼」という、カツ丼専業のお店もある。とはいえ、やはり北方の本店で食べるカツ丼の味は格別だ。
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「武雄・北方ちゃんぽん街道」で、カツ丼では「井手ちゃんぽん本店」以上の知名度・人気を誇るのが「お食事処かみや」のカツ丼だ。その見た目から地元では「黒カツ丼」の愛称で呼ばれているという。一見しょっぱそうだが、意外にも結構甘めだ。出しもしっかり効いている。とろとろの半熟卵に甘さが実にマッチしている。そして、炭鉱町らしく、ボリュームも満点。厚めのカツも美味しい。
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「武雄・北方ちゃんぽん街道」の人気店だけに、ちゃんぽんも食べておこう。カツ丼同様、やさしい味だ。あっさり感のあるスープに舌が和む。100円増しで野菜大盛りになるのは、いかにも北方らしい。
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「武雄・北方ちゃんぽん街道」でもう1軒、人気店をチェックしておこう。「常楽軒」は、地元で人気の食堂だ。看板メニューのちゃんぽんは、豚骨がしっかりうまみを出したスープが特徴。「井手ちゃんぽん」のスープと比べると、その白濁ぶりがしっかりと違いとして見て取れる。
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興味深かったのは、ちゃんぽん麺の使い方だ。長崎各地でちゃんぽんや皿うどんを食べて回った後の武雄・北方だったこともあり、ちゃんぽんに加え、焼きそばと皿うどんを頼み、シェアして食べた。今回、武雄・北方のちゃんぽんで町おこしに取り組む武雄ちゃんぽんイケ麺ズの光武英樹さんに道案内をお願いしたのだが、その光武さんが「常楽軒」の焼きそばをぜひ食べてみてほしいと言うことで、実はすでに売り切れの札を出して閉店していた「常楽軒」さんに押しかけて、お疲れのところを調理していただいた。
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「常楽軒」の焼きそばの特徴は、ちゃんぽん麺を炒めてソースで味付けしている点。やや太めのちゃんぽん麺が絶妙の歯ごたえだ。
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皿うどんは、関東では揚げたパリパリの麺だが、本場・長崎周辺では、ちゃんぽん麺を炒めてあんをかけたものが一般的だ。「常楽軒」も太麺タイプだ。焼きそばと食べ比べてみると、同じくちゃんぽん麺を炒めたものにもかかわらず、食感が違う。見ると太さもかなり違う。疑問に思い、ご主人に確認したところ、焼きそばは生麺をそのまま炒める一方、皿うどんはゆでたちゃんぽん麺を炒めているのだそうだ。料理に応じて調理法を変えているのだ。食感、味は違うものの、焼きそば、皿うどんそれぞれに合った麺のおいしさが味わえた。
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地元の人たちは舌が肥えている上に、店が多いだけに競争もある。店主たちはそれぞれに腕と舌を磨き、日々ちゃんぽん道に、カツ丼道に精進している。やはり、武雄・北方に足を運んで、地元でその味を味わうべきだ。