長崎県は、平地が少なく、県内各地に山岳、丘陵があり、海辺には多くの半島、岬や湾、入江が形作られる。海岸線の長さは、広大な北海道に次ぐほど(北方四島を除くとトップ)だ。つまり、古くから水田、米作に適さない地形だった。特に島原半島は、普賢岳の噴火が記憶に新しいが、火山灰地で、長年食糧不足に悩まされてきた歴史がある。そんな島原半島で多くの人々の空腹を満たしてきたのがサツマイモだ。島原に限らず、長崎県では、サツマイモを使った様々な料理や菓子が食べ続けられてきている。
そんな、食糧難を背景にした長崎県のサツマイモ料理の代表格とも言えるのが六兵衛だ。誕生のきっかけとなったのは、今から200年以上前の1792年に島原を襲った「島原大変」。火山性の地震から背後の山が崩落、土砂が海にまで到達して津波が発生、沿岸一体に大きな被害をもたらした。ただでさえ痩せた土地が、海水を被り、農業に壊滅的な打撃を与えた。
そんな島原の食糧危機を救ったのがサツマイモだった。17世紀初頭に中国から琉球へ伝わったサツマイモは、薩摩藩の琉球支配を経て九州に入り、長崎にも伝わり、栽培されるようになっていた。温暖な気候の島原では、早くからサツマイモづくりが盛んだった。被災民たちは、やせた土地でも育つサツマイモを主食にして飢えをしのぐ。そんな中で考え出されたのが、サツマイモを粉にし、練って麺にした六兵衛だ。地元の農家・六兵衛さんが考案したとしてその名が付けられた。
原材料となるのは、サツマイモを輪切りにしてから天日干しにした保存食「コッパ」。これを粉にして、水、さらにつなぎとして粘性のあるヤマイモを加えて練る。練りあがったものを、釜に沸かしたお湯の上から、おろし金を大きくしたような「六兵衛おろし」を使って麺を押し出し、茹で上げる。冷麺にも似た調理法だ。できあがった麺は、昆布とシイタケで取った出しをかけて食べる
実際に六兵衛を食べてみよう。訪れたのは、雲仙市千々石町にある「六兵衛茶屋」。食べたのは、定番のシンプルな六兵衛とごぼう天をのせた六兵衛、2種注文した。六兵衛はだしと麺だけなので、六兵衛本来の持ち味が味わえる。注目のサツマイモを使った麺だが、一見太麺のそばにも見える色だが、よく見るとサツマイモ特有のちょっと赤みを帯びた色合いだ。サツマイモの食感を考えると、箸でたぐると切れてしまうのではと思っていたが、実際食べてみると、意外にしっかりしていた。つなぎがかなり効いているようだ。
味も、口に含んだ瞬間はサツマイモを感じない。しかし、よく噛んでいくと、サツマイモ特有の甘みが立ち上がってくる。麺を飲み込んだ後、口腔に広がる甘さは、サツマイモそのものだ。イモばかり食べていたであろう古の島原の人たちにとっては、麺にすることによって、食べ飽きたサツマイモにはない食感と味わいが感じられたに違いない。
くせのない出しは味わい深く、ごぼう天の油が加わるとひと味違う贅沢感も演出していた。同店には、六兵衛の他、コッパに小麦粉を加えた六ちゃんと呼ばれる麺も用意する。初心者は、六ちゃんからまずトライするというのもいいだろう。
長崎のサツマイモを使った郷土料理には、六兵衛の他、五島地方で誕生したかんころ餅もある。「かんころ」とは、サツマイモを薄切りにして天日干ししたもの。「コッパ」と同様だ。これをもち米に混ぜてつきあげたのがかんころ餅だ。そもそも、冬の間の保存食として各家庭でつくられていた。ようかんのように棒状になっているが、これを切って焼いて食べた。
味はサツマイモそのものなのだが、もち米を混ぜることによって、食感に粘り気が出てくる。歯ごたえはまさに「もち」だ。そもそもサツマイモはぼそぼそした食感になりやすく、特に保存するとその傾向が強い。それをもちにつき込むことによって、サツマイモ本来とは違った食感を持たせている。貴重な食材を飽きずに食べ続けるために編み出された調理法なのだろう。
大村市などではつきあげというサツマイモを使った郷土料理もある。サツマイモをふかして、熱いうちにうぶす=棒でつく。それを油で揚げる。いわば、サツマイモのフライドポテトだ。ついて、揚げることから「つきあげ」と呼ばれるようになったという。
そもそも甘いサツマイモに、砂糖を加えてから揚げるため、味はけっこう甘い。料理と言うよりはお菓子と呼びたい甘さだった。かつて砂糖は贅沢品でなかなか口にできないものだったが、江戸時代に奄美でつくられた砂糖は長崎まで水路で運ばれ、そこから陸路、京の都まで運ばれていた。長崎街道は、別名「シュガーロード」とも呼ばれる。そのため、長崎から佐賀にかけては、甘い物が多い。そんな地域性も感じさせる甘さだった。
火山灰地だけに、サツマイモだけでなく、長崎県ではジャガイモの生産も盛んだ。北海道に次ぐ生産量を誇る。島原半島への入り口となる千々石観光センターの名物料理は、地元産のジャガイモをアメリカンドッグのような甘い衣を厚めにまとわせた「じゃがちゃん」。千々石観光センターの登録商標にもなっている。現地を訪れた際には、これもぜひ食べてほしい。