名は体を表すとよくいわれるが、ご当地グルメもまたしかり。静岡県袋井市の「たまごふわふわ」は、まさにふわふわの卵料理だ。
江戸時代のセレブのごちそう
名前だけで判断するとインスタ映えを狙った創作料理のようにも思えるが、実は江戸時代から続く、伝統ある名物料理だ。しかも、庶民には手の届かない、高貴な身分の人たちが食べた高級料理だ。
![袋井宿たまごふわふわ](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2020/07/9f2c0fbbf75965c045f29806da7a300a-1.jpg)
1813年、大阪の豪商「升屋平右衛門」の旅日記「仙台下向日記」には、袋井宿の大田脇本陣で、たまごふわふわが朝食の膳にのったと記録されている。江戸時代初期、徳川家光の時代に、京都二条城で開催された将軍家の饗応料理にもすでにたまごふわふわがメニューに並んでいたとの記録もある。日本最古の卵料理ともいわれている。
![江戸時代の高級料理](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2020/07/c5653a5e08c3c3ad5b2da54f9139a50d-1.jpg)
将軍家の宴席で供されたこと、大名など身分の高い人が泊まる本陣で出されたことからも分かるように、当時は卵が貴重で、たまごふわふわも高級料理だった。
シンプルだが、ぜいたくな味わい
調理法は実にシンプル。1人前で卵1個、だし汁200cc、塩小さじ1/4、薄口しょうゆ大さじ1/4、コショウとみりんを少々。材料はこれだけ。甘い味がお好みなら、塩の代わりに砂糖を入れてもいい。だしも決まりはない。カツオブシでも昆布でも、自分の好みのだしでかまわない。
![だしを加えた卵をていねいに泡立てる](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2020/07/4c6fa480cbbfabc0d87e899db9ec770e-1.jpg)
まず、だしに、塩、薄口しょう油、コショウを加えてすまし汁を作る。そのすまし汁を半分だけ、みりんとともにボウルに入れ、そこへ卵を投入、ハンドミキサーでかくはんする。クリーム状になるまで、最低4~5分はかき混ぜる。
![十分に泡立ったら土鍋で煮立てただしの中に注ぎ入れる](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2020/07/ab040fef101665b05542ec864b3318d8-1.jpg)
一方で、残りのすまし汁は土鍋で加熱、煮立ったら火を止めてあら熱をとっておく。そこへ、クリーム状に泡立った卵を素早く投入して、ふたを閉める。約10秒蒸らせばできあがりだ。
ふわっふわの食感と、和食らしい柔らかいだしの味わいが楽しめる。
![ふわっふわの食感](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2020/07/1b7f9ea396b6ee20951837c5080245d5-1.jpg)
こう書くと誰でも簡単に作れそうだが、実は意外とたいへんだ。とにかく、じっくり時間をかけて泡立てないと「ふわふわ」にはならいのだ。そしてできたてを食べないと、すぐに「たまごべちょべちょ」になってしまう。手間暇をかけて、できたてで味わう、とてもぜいたくな料理なのだ。
![2019年のB-1グランプリin明石では袋井宿たまごふわふわほっと隊が全国3位のブロンズグランプリを受賞](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2020/07/e9822ee74306a34dc4b4fd8fdc17be5e-1.jpg)
実はこのたまごふわふわ、袋井では近年までその姿を消していた。交通手段が変わり、宿場が廃れるとともに調理されなくなっていたのだ。袋井ならではの味を掘り起こし、まちおこしの目玉にしようと、袋井市観光協会が、江戸時代の料理本を元に再現。2007年に開催されたB-1グランプリ富士宮大会にも出展し、全国にその名を知らしめた。
地元だからこそ極上のふわふわ
では、実際に袋井でたまごふわふわを食べてみよう。だしに決まりがないこともあり、お店ごとに味や食感が微妙に違うため、食べ歩くのも面白い。
![スポンジケーキのように膨らんだ「山梨屋寿司店」のたまごふわふわ](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2020/07/872135ce8506cfc8c431a7cf720a140b-1.jpg)
JR東海道本線袋井駅からすぐの「山梨屋寿司店」は、交通の便も良く、最も気軽にたまごふわふわが味わえるお店だ。まず驚かされるのが、土鍋の上に山のようにふくらんだふわふわだ。まるでスポンジケーキのよう。ふわっとした食感が楽しめる。
だしは、お寿司に付いてくるおすましの味。やはり寿司屋のたまごふわふわだ。
![泡のきめが細かい「遠州 和の湯」のたまごふわふわ](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2020/07/fda92a04c7e1f60ebe280b113a8b8f43-1.jpg)
個人的に最も好きなのは、郊外にある「遠州 和(やわらぎ)の湯」のたまごふわふわだ。「山梨屋寿司店」のふわふわに対し、こちらはさらさらといったらいいのだろうか。とにかく泡のきめが細かい。れんげですくい、口の中に入れた瞬間にさっとほどけていく。これ以上はないほどのふわふわ感だ。
![クリーミーな泡](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2020/07/d1a4cf35f143da9c6bab9af81d928dbd-1.jpg)
だしはふぐ。ふぐならではのあっさりとしかし深い味わいが、繊細の極みのようなたまごふわふわと見事なマリアージュを繰り広げる。
![2019年のB-1グランプリでは多くの人々がたまごふわふわを求めて長い行列を作った](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2020/07/2581c2a7886bb3e90df66fa8ff9826db-1.jpg)
B-1グランプリで初めてたまごふわふわを食べたとき、そのソフトな食感に驚いたが、袋井の店で食べるそのふわふわ感は、イベントとは別次元だ。衛生面から、野外イベントでは一定の火力を入れる必要があるため、どうしても食感が硬くなりがちなのだとか。たまごふわふわの本当のおいしさを味わいたければ、やはり袋井まで足を運ぶべきだ。
ケーキもふわふわ
お土産にはたまごふわふわのケーキもある。もちろん現代流の創作だが、柔らかい食感と優しい味わいは、ケーキにもきちんと受け継がれている。
![「ふるさと銘菓いとう」のたまごふわふわ半熟チーズケーキ](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2020/07/9c00480077b56597cb8de517074f7a87-1.jpg)
駅前の「ふるさと銘菓いとう」で食べられるのは、たまごふわふわ半熟チーズケーキ。だしの代わりに砂糖の甘さを効かせた。チーズケーキを覆うスポンジの食感は、まさにたまごふわふわだ。
![「マドレーヌ屋ラウンドテーブル」のたまごふわふわパフ](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2020/07/b9f6e7b0125360be3bf9688147ae348f-1.jpg)
「マドレーヌ屋ラウンドテーブル」ではたまごふわふわパフもあった。やはりスポンジケーキの食感にたまごふわふわらしさが生かされていた。そもそもスポンジケーキのふわふわ感は、卵白を泡立てたメレンゲによるもの。そういう意味では、スポンジケーキもたごふわふわのもう一つの形だ。
![泡の下にはふぐだしが](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2020/07/08db186b4b7822b71894478364fc75ed-1.jpg)
高級食材を使うわけではなく、調理法も高い技量が必要なわけではない。時間と手間暇をかけ、ていねいに作り、できたてを食べてもらう。それはある意味で、最も高級な、おもてなしの料理とも言える。モノが豊かになるその前の、ココロが豊かだった時代のごちそうなのだ。