稚内市は、北海道北部にあるまち。北方領土を除く日本本土の最北端に位置しており、宗谷岬は、1968(昭和43)年に日本最北端の地の碑が建て替えられるなど、観光地化が進み、多くの観光客が訪れる。未開の地も多く残る自然豊かな地域でもあり、バラエティーに富んだ食材に恵まれる。
そんな食材の宝庫・稚内にも「ご当地グルメ」はある。市民の暮らしに根付き、手軽に食べられ、安くて美味しい稚内のソウルフード、それはチャーメンだ。漢字で書くと「炒麺」。しかし、実態は炒めると言うより、具をのせて食べる麺料理だ。本州では、やきそばというとソースやきそばに代表される、麺と具を一緒に炒め、味付けをした料理が多いが、北海道は各地で、麺に中華風に炒めた具をのせたあんかけ焼きそばがやきそばの定番になっていることが多い。小樽のあんかけ焼きそばはその代表格と言っていい。
鉄板焼きのやきそばもあんかけ焼きそばも、全国的には蒸し麺を使うのが一般的だ。蒸し麺のほうが水分量が少なく、炒めた際に麺の水分が蒸発しやすく、焼き目が付きやすいからだ。しかし、稚内のチャーメンはゆで麺が基本だ。ゆで麺を、中華鍋を使って油で炒めて焼き目をつけ、そこに野菜や魚介、肉の入ったあんをかけて食べる。
味付けは店によって異なるのも、稚内のチャーメンの特徴だ。しょうゆ、塩、みそなど店によってそれぞれ味が違う。味のバリエーションがある。そのため、市民それぞれに「推しチャーメン」があり、それを食べ比べるのも観光客の楽しみのひとつという。
今回は「源長」でチャーメンを食べた。1964(昭和39)年創業の老舗食堂だが、表通りから路地を入ったところにある小店で、うっかりすると通り過ぎてしまうほどの地味な店構えだ。しかし、昔ながらの味とたっぷりのボリュームで地元ファンの胃袋をつかみ、人気店として知られている。
店のお母さんはとても気さくだ。チャーメンを調理しながら、稚内のこと、チャーメンのこと、いろいろお話ししてくれる。待つことしばし。「源長」のチャーメンのお出ましだ。予想通り、けっこうなボリューム。これを一人で平らげるためにも、じゅうぶんにお腹を空かせての訪店をお薦めする。
あんは、中華だしを塩で味を調えたもの。片栗粉多めなのだろう、かなりとろみが強い。一方、とろみの強さで、あんがしっかりと麺にまとわりつく。「まずは酢をかけずに食べてほしい」とお母さん。確かにしっかりとした味付けだ。
驚かされたのが、麺がゆで上げだったこと。チャーメンに限らず、あんかけ焼きそばは、麺を炒めたり油で揚げたりするのが一般的だが、「源長」ではゆで上げ麺にごま油を掛け回してくっつかないようにしただけだという。ごま油の香りが、うまく焼き目の香ばしさの代わりになっており、とろみの強さ、味の強さも相まって、ゆで上げ麺の違和感は、ことさら感じなかった。
練り物やエビも入って、あんはボリューム満点。麺もたっぷりで、それで750円。お母さんの人柄もあいまって、地元の高い人気もさもありなんだった。
夜は地元の居酒屋「八や」に繰り出した。真夏ということもあり、稚内らしさを全面的に味わえたわけではなかったが、興味深いメニューが多く、北海道らしくビールを美味しく呑むことができた。最も稚内らしかったのが、タコの刺し身だ。稚内では主に「ミズダコ」が獲れ、その水揚げ量は日本一を誇る。生タコの刺し身は、独特のくにゅっとした食感が心地よく、噛むと甘さが立ってきた。さすがは地元の名物だ。
そして生麩の揚げ出し。もちろん京都や北陸などで生麩を食べた経験はあるが、揚げ出しは初めてだった。生麩を包む片栗粉の食感と、生麩そのものの歯が食い込むような食感をダブルで味わえるところが、非常に興味深かった。いかにも酒に良く合う、格好のつまみだった。
トウモロコシの磯辺揚げもビールとの相性が良かった。北海道は全道でトウモロコシをよく食べるが、さすがは産地だけあって、食べ方のバリエーションも豊かだ。
そしてシメのとりめん。北海道のシメとしてよく食べられているメニューだ。麺はそうめん。温かい鳥出しのスープで食べるにゅうめんだ。そうめんらしい、重すぎないシメで、薄味の鳥スープとの相性も非常にいい。魚介の後なら、がっつり脂の効いたラーメンよりも、こうしたさっぱり麺でシメるのもいいだろう。
やはり魚介の旬は、もう少し気温が下がってからのようだ。チャーメンの食べ歩きも含めて、雪の季節に再び稚内を訪れたい。