札幌のみそラーメンや九州のとんこつラーメンなど、全国津々浦々に広がるご当地ラーメン。東北にも福島の喜多方ラーメンはじめ、秋田・横手の十文字の中華そばや青森の味噌カレー牛乳ラーメンなど、それぞれの地域のくらしぶりを映したラーメンがある。岩手県の三陸沿岸にも、そんなご当地ラーメンがある。海沿いらしく、魚介の味わいを生かした磯ラーメンだ。
磯ラーメンは、新鮮な魚介類や海藻を具としてふんだんにのせた塩味のスープが特徴のラーメンだ。1969年に大槌町の「吉里吉里ドライブイン」で誕生したといわれている。すでに「吉里吉里ドライブイン」はないが、大槌町から三陸沿岸各地へと広がり、今では岩手県の海沿いでは、最もポピュラーなラーメンとなっている。
発祥の地に敬意を表し、まずは大槌で磯ラーメンを食べることにしよう。訪れたのは、海沿いを走る国道45号線に面した「さんずろ家」。オーシャンビューの民宿として、ボリューム満点の海鮮料理の店としても知られる。民宿の一角にある食事処で磯ラーメンが食べられる。
磯ラーメンというとカニや生ウニなど豪華な海鮮トッピングのイメージが強いが、「さんずろ家」の磯ラーメンの具は、意外にシンプル。エビやムール貝、イカゲソ、ホタテ、カニのつめなどが控えめに盛られている。一方で、海藻はワカメ、ふのり、マツモと3種類が並ぶ。たっぷりの海藻は、スープを一口すすると、改めてその存在感を主張する。
スープが驚くほど薄味なのだ。決して味が足りないという訳ではない。塩味が控えめなのだ。塩味を抑えた分、だしの味がはっきりと前面に押し出されている。そこに加わる3種の海藻。ワカメ周辺のスープを、ふのりの下のスープを、マツモの上のスープを、それぞれれんげですくって味わうと、微妙に味が異なるのだ。3種の海藻、それぞれの持ち味がスープに染み出している。このスープの味わいこそが磯ラーメンだ、そう確信した。
これまで何杯かの磯ラーメンは食べてはきたが、この瞬間まで、磯ラーメンの本質を知らぬまま食べてきたとは言い過ぎだろうか。「魚介たっぷりの塩ラーメン」とは違った世界観がラーメンどんぶりの中にあった。
麺もくせがない。繊細この上ないスープを麺と具がタッグになってもり立てている。人によっては物足りないと思うかもしれないほどの繊細な味だが、その繊細さを味わえることができるならば、これほど上質な味はないだろう。
「さんずろ家」の磯ラーメンの魅力は、その味わいだけに止まらない。海に面してそびえる高台に建つ店の窓からは、オーシャンビューが大きく広がる。まるでこの大きな海をぎゅっとラーメンどんぶりに凝縮したかのような感覚に陥る。磯ラーメンが好きという人なら、一度はこの味を、オーシャンビューを経験しておくべきだ。
もう1軒、地元・岩手県民おすすめの店を訪ねてみた。洋野町種市にある「喜利屋」だ。種市は潜水夫の、南部ダイバーのまち。「あまちゃん」に登場する「種市先輩」の名は、このまちから取られたという。
「喜利屋」の磯ラーメンは、「海藻の味わいこそが磯ラーメン」を証明するかのようにシンプルな構成だった。「あまちゃん」の舞台にして、北限の海女のウニ漁で知られる久慈の隣町だけに、たっぷりの海藻にウニも加わる。ただし、「さんずろ家」の繊細な塩味とは好対照で、舌にはしっかりと塩味が届く味付けだ。ある意味、この味こそが磯ラーメンとしては正解かもしれない。万人に受け入れられる「これぞ磯ラーメン」の味わいだ。
そして、磯ラーメンらしさをさらに自覚したければ、豪華版磯ラーメンの海賊ラーメンを食べるといい。ウニはもちろん、エビ、カニ、ホタテ…と7種類もの魚介が海藻の上に鎮座する。食べる人の目に「これぞ三陸の磯ラーメン」を訴えかける。魚介一つひとつもサイズが大きく、満足感はじゅうぶんだ。
「さんずろ家」と「喜利屋」双方の持ち味が味わえるのは、普代村の、やはり国道45号線沿いにある「レストハウスうしお」だ。「さんずろ家」のオーシャンビューと「喜利屋」海賊ラーメンの豪華海鮮盛り合わせを一度に味わえる。
「レストハウスうしお」はウニ丼も名物。ウニ漁解禁の時期なら生ウニ丼、季節外れなら蒸しウニ丼とのセットで磯ラーメンをいただくことをおすすめする。
磯ラーメンの特徴である塩味スープの魅力を味わいたいなら、野田村の「道の駅のだ」の中にある「レストランぱあぷる」で野田塩ラーメンを食べることをおすすめしたい。野田村は、元々冷涼で米作に適さず、年貢米ではなく塩で年貢を納めていた南部藩の塩の産地。今でも昔ながらの製法で海水から塩を作っている。海鮮ではなく、チャーシューがのった塩ラーメンだが、地元特産「のだ塩」のミネラルたっぷりの塩が味わえる。
このほかにも宮古など、三陸沿岸各地で様々な磯ラーメンを味わえる。せっかっく三陸に、海辺の町に行ったからには、ラーメンもぜひ磯の香り満点の、地元ならではのラーメンを味わってほしい。