高地ならではの「そば鍋」 奈川のとうじそば

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そばどころとして知られる長野県。地域によって様々なそばの食べ方があるが、その中でも特にユニークなのは、現在は松本市の一部になった、岐阜県との境に位置する、奈川地区のとうじそばだ。鍋につゆ、山菜やきのこ、季節の青菜、鶏肉などを入れ、火にかける。そこに、小割りにしたそばを竹で編んだとうじカゴに入れ、軽くゆがき、つゆや具とともにお椀に移し食べる。寒さの厳しい山奥ならではのそばの食べ方だ。

「とうじそば発祥の地」の碑
「とうじそば発祥の地」の碑

岐阜県(飛騨)と長野県(信州)の境に位置する野麦峠。この峠を通る道は、鎌倉街道、江戸街道と呼ばれ、飛騨と信州、江戸を結ぶ重要な道筋で、古くは富山で水揚げされたブリを信州へ運んだ街道でもあったことから、「鰤街道」とも呼ばれていた。明治以降は、製糸産業を支えた飛騨の工女たちの交通路となり、それは映画「あぁ野麦峠」にも描かれた。1,672メートルの標高や、急峻な山道など厳しい自然環境で知られる峠で、その長野県側が旧奈川村になる。

「そば処 福伝」
「そば処 福伝」

そんな山深い奈川地区で、名物のとうじそばを食べるために「そば処 福伝」を訪れた。同店は、信州そば産地表示推進協議会が認めた「信州そば切りの店」認定第1号店でもある。店の裏には、北アルプスを源流に信濃川水系の犀川に注ぐ清流・梓川が流れる。この水で打つ強い腰とのど越しの良さを誇るそばが自慢だ。

そばを温めるためのとうじカゴ
そばを温めるためのとうじカゴ

同店では、「奈川在来」という奈川地区固有のそばの品種を使用する。標高の高い奈川は、良質なそばの産地として知られ、文献によれば、280年以上も前からそばが栽培されていたとされる。そんな奈川で代々守り育てられてきた在来種だ。1998年の台風で、その栽培が一時途絶えていたが、昔ながらの味を復活させるべく、わずか一握り残った在来種を探し出し、それをもとに2006年から栽培を増やす取り組みを行っている。

「そば処 福伝」のきのこそば(冷)
「そば処 福伝」のきのこそば(冷)

その味わいは、冷たいきのこそばで味わった。冷たい水でキュっと締められたそばは、なんとも言えない歯ごたえだ。そしてしっかりとそばの香りが楽しめる。生粋のそば好きなら、ぜひもりそばで味わいたいところだ。

とうじそば1人前
とうじそば1人前

思わず追加でもりそばを注文しそうになったが、わざわざ奈川まで来たからにはとうじそばを食べないわけにはいかない。注文するとテーブルにはコンロがセットされ、事前に調理を済ませた鍋がその上にのせられた。そして、薬味やざるに小分けにされたそばが続いて登場する。

具だくさんのつゆ
具だくさんのつゆ

鍋の中に入っているのは地元産の季節の山菜、きのこ、カモ、鶏肉、油揚げ、ネギなど。ここに小割りにしたそばを竹で編んだとうじカゴに取り、煮立った鍋のつゆにつけ、軽くゆがく。そばはすぐに温まるので、あまり長時間は浸さないほうがよさそうだ。

そばをとうじカゴに取り、ゆがく
そばをとうじカゴに取り、ゆがく

手早く、つゆや具とともにお椀に移して食べる。つゆの旨みと温められたそばの香りが食欲をそそる。肉やきのこなど具の味わいもつゆに移り、なんとも厚みのある味だ。鮮度のいい、適度な歯ごたえを残した山菜、新鮮なきのこの食感も味を膨らませる。

お椀でいただく
お椀でいただく

手打ちのそばを寒い時期にもおいしく食べようと考え出された調理法で、冠婚葬祭などのごちそうとしても振る舞われ、山鳥の汁や野ウサギのだんご汁なども用いられていたという。そばをつゆに浸けることを「湯じ」といい、これが「とうじ」の語源と言われる。浸し・温めるという意味もあり、また、鍋にそばを「投じる」が語源という説もある。

「そばの里 奈川」
「そばの里 奈川」

もう1軒、とうじそばの味を確認しておこう。向かったのは「そばの里 奈川」だ。「そば処 福伝」が沢沿いのこじんまりした店舗で、駐車場も最低限なのに対し、「そばの里 奈川」はバスも停められる広い駐車場を有し、店内も広く、みやげ物なども取り扱う。ちなみに、「そば処 福伝」から沢沿いの道をいったん松本方面に戻り、野麦峠へと向かう上り坂を登っていくのだが、その分かれ道に、「とうじそば発祥の地」の碑が建っている。

しゃもじでそばをとうじカゴに
しゃもじでそばをとうじカゴに

ちょうど旬ということもあり、地元産マツタケ入りのとうじそばを食べた。「そばの里 奈川」では「とうじそばを食べるのは初めてですか?」と声を掛けられ、最初の1杯は、お店の方が温め方の手本を見せてくれた。

そばに具がのっかる
そばに具がのっかる

ざるから、しゃもじを使いながら小分けにしたそばを手早くとうじカゴに入れ、鍋の中のつゆに浸す。そして、とうじかごで具をすくいとるように、熱いつゆの中でカゴを泳がせる。こうすると、そばに熱が通るとともに、そばに具がのっかる。

最後につゆをかける
最後につゆをかける

手早くお椀にそばと具を盛り、その上からしゃもじですくったつゆをさっとかけまわす。ほんの少し浸しただけだが、そばにはしっかり熱が加えられている。そばの香りは維持したままだ。小分けにして、食べる直前に鍋に入れることによって、そばを煮過ぎない、伸びてしまわない仕組みになっている。

地元産マツタケもたっぷり
地元産マツタケもたっぷり

山梨のほうとうや九州のだんご汁など、小麦の麺を煮込んで食べる例は各地にあるが、鍋にそばを投じる調理方法は、全国でもあまり見たことがない。とうじカゴ使い、少しずつしゃぶしゃぶのように温めて食べるとうじそばの調理法は、香りも味わうそばには適した食べ方といえる。そばならではの味わいを楽しみつつ、カラダも暖まる…。これからの季節にぴったりのそばの食べ方だ。

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