以前、埼玉県北から群馬県にかけては、米の裏作として麦が盛んに作られるため、うどんをよく食べると紹介した。冷たいうどんを温かい汁に浸して食べるつけ汁うどんや、そば猪口でつゆをつけて食べるうどんなどの一方で、特に冬の寒さが厳しい群馬県では、うどんを煮込んで食べることも多い。おっきりこみは、そんな煮込みうどんの代表格だ。
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おっきりこみは、幅広の生麺を、旬の野菜やきのこなどと一緒に煮込んで食べるもの。煮込むと打ち粉が溶け出し、汁にとろみがつくのが特徴だ。具材は、ニンジン、長ネギ、ダイコン、シイタケ、ジャガイモ、サトイモなどが多く、調味料は、しょうゆ味を使うことが多いが、一部には味噌で調味することもある。埼玉県深谷市などでは煮ぼうとうとも呼ばれている。かつては味噌味が主流だったようだが、しょうゆの普及に伴い、しょうゆ味が広がった。2014年3月に群馬県が「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財(県記録選択無形民俗文化財)」に選択している。
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麺を打つ際には塩を使わない。一部地域では大麦やトウモロコシの粉も入れられるようだが、基本は小麦と水で麺を打つ。塩は麺のコシを引き出すことから、おっきりこみの麺はコシがなく切れやすい。塩を使わないで麺を打つのは山梨のほうとうと同様だが、ほうとうではカボチャが不可欠なのに対し、おっきりこみではあまりカボチャは使われない。また、ほうとうは味噌味が基本なのに対し、おっきりこみはしょうゆ味が基本だ。
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また、煮込む前に麺をゆでず、生麺をそのまま汁や具と一緒に煮込む。このため、麺がくっつかないようにするための打ち粉が汁に溶け出し、とろみがつくのも特徴だ。おっきりこみは、地元では夕食に食べるものだといい、食べ残すと、翌朝温めなおして食べることも多いという。そもそもとろみの付いた汁が、一晩置くと、さらにどろどろになる。これを地元では、「おっきりこみの立てっ返し」と呼ぶ。やはり、この汁のとろみが「おっきりこみらしさ」といえるだろう。
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では実際におっきりこみを食べてみよう。最初に訪れたのは吉岡町にある「おっきりこみのふる里」。創業から46年、ひたすらおっきりこみを作り続ける、県内でも数少ないおっきりこみの専門店だ。人気も高く、昼前には駐車場がいっぱいになっていた。
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メニューには鶏肉入りや山菜入りなども並ぶが、ベースとなるデフォルトのおっきりこみを注文した。具は野菜とキノコそして油揚げといたってシンプル。汁の透明度が低く、一見味噌味のようにも見えるが、これは麺の打ち粉が溶け出したもの。
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まず汁をひとすすり。ねっとりと舌に絡みつくようなとろみがある。味付けはシンプルなしょうゆ味だ。野菜やキノコといった具も特別なものはない。ニンジンや干しシイタケなど日本中どこにでもあるようなものばかりだ。その意味で特別感はないものの、日本の味の原点のような味わいがある。どこかほっとする味だ。小さなシイタケを噛み締めた時にあふれ出てくる干しシイタケ特有のうまみに「あぁ、日本人に生まれてよかった」と思ってしまう。
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麺は非常に軟らかい。無理に引き上げるとぷつりと切れてしまう。口に含むと、とろけてくるようにさえ感じる。歯がない人でも、噛み切れるほどの軟らかさだ。
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もう1軒、伊勢崎市にある「上州田舎屋」の暖簾をくぐった。こちらのおっきりこみは鍋で登場した。盛んに立つ湯気にいかにも体が温まりそうだ。
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汁はとろとろを通り越してほぼどろどろだ。一見、カレーのルーかと思うほどだった。しかしれんげを汁に入れてみると、ルーはちょっと言い過ぎだった。ゆるめのあんかけといった塩梅だ。すすると体がぽかぽかしてくる。
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麺は「おっきりこみのふる里」よりかなり厚め。歯ごたえとは言い難いが、麺の中にすっと歯が入っていく感覚はある。ただし、麺が厚くて重い分、箸で持ち上げるとすぐに切れてしまう。最終的には、れんげで麺を持ち上げて器に移して食べることにした。
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一応味噌味も確認しておこう。訪れたのは、富岡製糸場のすぐそばにある「みの助茶屋」。のれんに「おきりこみ」とあるように、おっきりこみと冷たいひもかわうどんだけの専門店だ。週末のお昼時には行列ができていた。ちなみに、のれんは「おきりこみ」だが、メニューは「おっ切り込み」との表記だった。
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注文すると、ふた付きの鍋で、ぐつぐつと沸騰した状態で運ばれてきた。具は、ダイコン、ニンジン、サトイモ、ワカメ、シイタケ、油揚げ、うずらの卵など。ダイコンがおでんのような厚切りで、歯を入れると、口の中いっぱいに熱々の汁が広がる。
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汁は味噌味だ。2種類の味噌をブレンドして使うという。寒さにはぴったりの体が温まる味だった。ただし、吉岡や伊勢崎で顕著だったとろみはほぼない。幅広の麺も煮崩れてはおらず、ややコシがある。ダイコン、ニンジンといった根菜類、サトイモも形を良く保っており、煮込むと言うより、加熱といった方がいいような塩梅だった。
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群馬県内のセブンイレブンには、コンビニおっきりこみまである。手に取るとずっしりとした重さ。具材や汁は別になっているのかと思いきや、重ねた麺の上に具が乗り、汁も入っていました。ただレンジでチンするだけ。
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さすがに汁はとろとろという訳にはいかなかったが、そもそも煮込み麺なので、最初から汁が入っていても問題はなかった。味も良く、寒い季節には、群馬県以外でも手軽かつ安価に体が温まるご飯として受け入れられそうな気もする。
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群馬県民は、自身の食文化を「茶色の食べ物」と呼ぶが、一方で、極彩色とは対照の落ち着いた色合いは「和」を象徴する色彩とも言えるだろう。派手さこそないが、滋味にあふれたおっきりこみを食べれば、しみじみ「日本に生まれし喜び」が味わえる。