群馬県邑楽郡大泉町。町の中心部にある駅に立つと、電車を待つ人々の会話はポルトガル語だ。ふと見上げると、駅舎は黄色と緑のブラジル国旗のようなカラーリング。駅前の商店の看板にもポルトガル語が見える。この東武小泉線西小泉駅を中心とした一帯は「世界のグルメ横丁」とも呼ばれ、ブラジル料理を中心に世界各国の料理を提供する店が軒を連ねるインターナショナルシティーだ。
![ブラジル色の駅銘](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2021/10/d52fb722ceb0472bc995e5de800a9964.jpg)
大泉町は、第二次世界大戦前から中島飛行機の工場があり、それは現在、スバルやパナソニックの工場となり、他にも味の素など多くの工場がある。1990年の出入国管理法の改正以降、人手不足から、そうした工場で働くブラジルやペルーを中心とする外国から来た労働者が多く移り住み、現在では町の全人口41,723人(2021年7月末現在)の約2割を外国人が占めている。外国人のうち約6割がブラジル出身、以下ペルー、ネパール、ベトナム、フィリピン、ボリビア、インドネシアと続く。そうした外国人労働者たちの暮らしを支える食が、まちじゅうにあふれている。その成り立ちは、各地の中華街、コリアンタウンと同様だ。
![日本とは思えない店が並ぶ](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2021/10/7868ada95d0602142e71daeb492b4c56.jpg)
そんな西小泉の「世界のグルメ横丁」の中核的存在がブラジル料理店だ。ブラジル料理は、国の歴史を映し、先住民であるインディオ、かつての宗主国のポルトガル、奴隷として連れてこられたアフリカ系、さらには移民としてやってきたイタリア系、アラブ系、日系など多くの人々の食文化を取り入れ、ミックスされたものだ。さらに、日本の約22倍と国土も広大なため、手に入る食材や味付けなども、地域によって自ずと違ってくる。
バラエティー豊かなブラジル料理の中でも、よく知られているのがシュラスコ。肉を鉄製の串に刺し通し、岩塩を振って炭火で焼いたものだ。
![シュラスコで人気の「パウリスタ」](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2021/10/eda4dda98d85fdfbc55252f2f02d5680-1.jpg)
「パウリスタ」は2軒のブラジル食材スーパーに挟まれた、シュラスコが人気のブラジル料理店。男性なら3200円で、牛に加え、豚、鶏のシュラスコが食べ放題になる。ほかにも定番のブラジル料理やデザート、アルコール以外の飲み物も食べ放題、飲み放題だ。
![シュラスコを含め食べ放題、飲み放題](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2021/10/5c563f6488521a5f761fc291f7ffc13c.jpg)
まずは、ブラジル料理の定番中の定番、フェイジョンとフェイジョアーダを一緒盛りにする。ご飯はアホースだ。タイ米のような細長い米で、粘りはなくパラパラ。まず油を敷いて、ニンニクやタマネギのみじん切りと一緒に炒めてうっすら塩味にしてから、圧力鍋で炊き上げる。
![フェイジョンとフェイジョアーダの一緒盛り](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2021/10/d31772817e792258a2f6e6b7fd4c8b4e.jpg)
フェイジョンは、ポルトガル語で豆を意味し、アホースに欠かせない「ご飯の供」。茶色いカリオカ豆を塩味で煮たものをアホースにかけて食べる。フェイジョアーダは、黒いカリオカ豆を使う。具は、牛肉、豚肉、ソーセージ、ベーコンなど。元々は、奴隷として連れてこられたアフリカ系の人たちの間で食べられていたものだ。
![黒いカリオカ豆を使ったフェイジョアーダ](https://www.gastronomy.town/wp-content/uploads/2021/10/6d7b9e2d2478c6120a36ccf15ac68b74.jpg)
シュラスコで「肉まみれ」が見込まれたため、最初にしっかり野菜を取っておこうと考えたが、サラダバーコーナーは、葉物野菜が少な目。ここでも豆が幅を利かせていた。
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サラダを取って席に戻るといよいよシュラスコ食べ放題のスタートだ。テーブルの上のカードを裏返さない限りは、次から次に串に刺さって焼き上がった肉がやってくる。まずは牛のイチボから。給仕が、テーブルに串をたてて、焼きたての肉をそぎ切りにしてくれる。これを客がトングでつまみ、切り終えたら自分の皿に持ってくる。血の滴る、レアなステーキだ。
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味付けは岩塩のみ。ソースはつけない。岩塩の味は強く、そもそもソースの必要性を感じない。ただ、強い塩味は食べ進めると、けっこうしょっぱく感じてくる。
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牛バラ肉はカット違いで、数種類やってきた。しっかり歯ごたえのあるイチボに比べ、歯触り軟らかく食べやすい。
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鶏はまずハツからだった。やきとりの定番の小さくかわいいハツが、太い鉄串に刺さって登場したのを見て少し笑ってしまった。日本人の視覚には竹串の方が明らかにバランスがいい。鶏は他にベーコン巻きや手羽先も登場した。黙っていると、手羽先を2つも3つも盛られてしまうので、腹具合と相談しながら、あまりたくさん盛られないように予防線を張る。
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豚はバラ肉。わざわざ別途、皮をのせてくれた。日本ではあまり豚の皮は食べないが、中華料理の東坡肉など、皮も食べるとけっこうおいしい。皮は直火焼きなので、かなり歯ごたえがあった。結局制限時間90分の食べ放題だったが、次から次へと出てくる鉄串に、30分ほどでカードを裏返した。
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デザートも品ぞろえ豊富。一通り食べてみて、もうさすがにギブアップというところで「焼きパイナップルはいかがですか?」の声。満腹で即座に断ったが、すぐに思い直した。パイナップルの串焼きなんて食べたことがない。食べない手はない。味見程度、ほんのひと切れだけ切ってもらったが、これが抜群のおいしさだった。
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日を改めて、大泉町初のブラジル料理専門店「レストラン ブラジル」も訪ねた。今年で、創業26年。ブラジル料理の品ぞろえも豊富で、初めてブラジル料理を食べる人、ブラジルを知りたいという人には最適だ。定番料理というコメルシャルを注文した。
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ガーリックチップをのせた牛のリブロースステーキに目玉焼き、フライドポテトが添えてある。ソースはフェイジョアーダ風。このソースが実にくせになる。ベーコンなどの具は入っておらず、豆だけの一見しょっぱいお汁粉のようなソースだが、これが実に肉によく合う。そしてご飯が進む味なのだ。「レストラン ブラジル」では、お米好きの日本人に合わせ、アホースではなく粘りのある日本の米でご飯を炊く。
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サラダは、サラダバーで食べ放題。ブラジル料理はついつい肉ばかりに気が行ってしまうので、野菜はきちんと食べたいところだ。コロナ禍ということもあり、あらかじめ盛り付けられたサラダがおかわり自由になっていた。
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シュラスコの「パウリスタ」の両隣にあるスーパーも気になったので、入ってみた。現地から取り寄せた清涼飲料水やブラジル風のパンやアルコールなどを取りそろえる。いくつか購入して、自宅に持ち帰った。ちなみに精算時、レジ担当が問いかけるポルトガル語が分からず難儀した。「レジ袋は必要か?」という問いだったらしい。
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カシャッサという蒸留酒はサトウキビが原料。サトウキビ原料という点ではラムと同じだが、味はかなり異なる。例えると、中国の白酒から臭みを取り除いたような味。ラムの舌に残る甘さはなく、かなりドライだ。
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リゾリスとコシーニャは、ともにブラジル風のコロッケ。コシーニャの中身は鶏肉とチーズで、マッシュポテトで包んで揚げてある。リゾリスの中身はピザだった。
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食文化とは、地域の気候風土やそこでくらす人々の生活を映すものだ。西小泉のブラジル料理にも、同地で働く人々のくらしがはっきりと映し出されている。今後長い時間をかけて、移り住んだ人たちの中から定住し、2世3世が誕生していくことになるだろう。また、共に暮らす地元の人たちの中にも各国の料理が定着し、ローカライズしていくことにもなるだろう。その時、西小泉のブラジル料理は、いったいどういうものになっているのだろうか。今から楽しみだ。