新潟県中央部の燕三条は金属加工のまちとして全国的に名高い地域だ。一般には「燕三条」と一括して呼ばれるが、実は燕市と三条市、ふたつの市から形成される。古くから金属加工が行われ、燕市側では製造を、三条市側では流通を得意とし、一体になって地域の産業として発展させた。
ちなみに、新幹線駅、北陸道のインターチェンジともに両市の市境に位置するが、駅名は燕三条、インターチェンジ名は三条燕だ。そして燕三条はラーメンのまちとしても知られる。新幹線の駅構内には「燕三条 ラーメン王国」ののぼりが立つ。燕三条としてほぼ一体化して金属加工業を基盤にするにも関わらず、燕市と三条市、それぞれにその地場産業を背景にしたご当地ラーメンがある。燕三条系とも呼ばれる、燕の背脂ラーメンと三条のカレーラーメンだ。
キーワードは出前だ。
金属加工に熱は不可欠で、まさに額に汗して働く人が多かった。しかも、食事の間も惜しんで働くほどまちは栄えていた。工場や鉱山など、肉体労働に関わる人が多い街には、ハイカロリーな食文化が生まれやすいことは、これまでに何度も紹介してきた。燕三条では、そこに、出前という要素が重なる。ハイカロリーで、かつ冷めにくいメニューが求められた。
燕では、伸びにくい太麺のラーメンに、たっぷりの背脂で上からふたをし、スープを冷めにくくした。これが、背脂ラーメンだ。一方で、三条ではラーメンの上から熱々のカレーをかけて、これまたふたをした。三条カレーラーメンだ。こうして、ともに金属加工を生業とする2つのまちに2つのご当地ラーメンが誕生した。
まずは、燕の背脂ラーメン。そのルーツは昭和初期に遡る。中国人が開いたラーメン屋台「福来亭」は、多くの洋食器職人たちで賑わう。油を使う中華料理は、職人たちの食欲をかき立てた。そして、さらにスタミナを求めるようになる。そこで登場したのが背脂だ。肉料理では事前に「掃除」される部分、いわば捨ててしまう部分で、コストを上げることなくカロリーアップが可能になる。さらにスープを覆う背脂は、雪国の厳しい寒さから、スープの熱々も守ってくれた。そこに出前が加わり、伸びにくい太麺が誕生、現在の背脂ラーメンになった。
「福来亭」の味は「杭州飯店」に引き継がれ、やがて「福来亭」は店を閉じた。「杭州飯店」は今でも人気店で、多くのファンで賑わう。歴史あるラーメンを食べてみよう。
スープは煮干しのだしが効いた、ちょっとしょうゆ辛いスープ。味こそ濃いが、背脂さえなければそれほどこってりではない。
麺はうどんと呼んでいいほどの太麺。この太麺が独特の食感を生む。
薬味は長ネギではなく、タマネギ。これが、東京などのしょうゆラーメンとの違いを鮮明にする。そして上から、ざるの上でくたくたになった背脂を揺らし、麺とスープの上にトッピングする。きっと長ネギでは、この背脂のパンチに負けてしまうだろう。
実は「福来亭」の看板を掲げる店は、今も存在する。「福来亭 白山町店」は「杭州飯店」から独立する形で開業した。
特徴はタマネギ取り放題、ごはんおかわり自由。店の一角に、タマネギを盛ったざると炊飯ジャーが置かれ、好きなだけ取ることができる。
また、背脂ラーメンのバリエーションが豊富で、麺の量やトッピングを自分好みに変えることができる。
燕の背脂ラーメンは東京でも食べることができる。人気店「らーめん処 潤」が「らーめん 潤」として蒲田と亀戸に、そして小金井にも「麺工 豊潤亭」として出店している。「潤」の特徴は、背脂の量を選べること。標準の他、小油、中油、大油、鬼油とある。鬼油になると背脂で麺もスープも見えない。
また「潤」はたっぷりの岩のりがのった岩のりらーめんも人気。スープに浸ってしんなりした岩のりが、背脂のしつこさを中和してくれる。
一方三条では、戦後、カレーラーメンが誕生したという。背脂に代わり、熱々のカレールーがラーメンにふたをした。油と小麦を多用した日本のカレーはカロリーも高い。これが三条に定着する。
三条カレーラーメンには2つのタイプがある。ラーメンの上にカレールーをトッピングするタイプとスープそのものをカレー味にするタイプだ。
表通りから入った住宅街にある「三芳食堂」でカレーラーメンを食べる。「三芳食堂」はうどん・そばから定食まで揃える、まさにまちの食堂だ。味にもそれがうかがえる。うどん・そばの影響だろうか、スープは淡泊な味わい。その上に、肉とタマネギだけのカレールーがのる。
カレーの肉は豚肉。角切りだ。スパイス、辛味は控えめで、子どもでも食べられる、いかにも家庭のカレーといった味わいだ。650円というその値段に、地元の人々のくらしに根付いていることがうかがえる。
一方、スープタイプは、大型店の「大衆食堂 正広」でいただいた。広い駐車場を備え、店内は家族連れで賑わっていた。
カレースープにはおおぶりなジャガイモ、ニンジンがごろごろと入る。そして、れんげではなくカレースプーンが付く。まさに「うちのカレー」のビジュアルだ。
肉はやはり豚の角切りだった。
ただし、味は結構スパイシー。食べ進むうちに、鼻の頭に汗がしみ出してくる。スープも粘度が低く、カレーシチューのような食感だ。スープ全てがカレーなので、後がけタイプに比べけっこう食べ応えがある。しかし、麺を食べ終えた後にはたっぷりのカレースープが丼に残ってしまう。そこに白いご飯を入れてカレースプーンで食べたくなる欲求に駆られる。実際にライス付きでの注文が、店内では多く見られた。
最後にレジェンド店「杭州飯店」のカレーラーメンをご紹介しよう。ここのカレーラーメンは、燕の背脂ラーメンと三条のカレーラーメンのハイブリッドタイプ。背脂の入ったラーメンの上にカレールーがかかっている。
これぞ「燕三条のラーメン」といった味わいだ。