ちゃんぽん。その名前から、魚介や野菜がたっぷりと入った、ちょっと太めの麺を使った白濁スープの料理を思い浮かべる人が多いだろう。そして、その人たちの多くは、ちゃんぽんを長崎の名物料理として認識しているに違いない。しかしちゃんぽんは、長崎に限らず、九州各県、さらには本州にも広がり、しかも各地で、その土地ならでは食材や暮らしぶりを映すかたちで、様々に姿を変えている。「ご当地ちゃんぽん」だ。
澄んだスープのあっさり味や、中には味噌味のあんかけ麺をちゃんぽんと呼ぶ地域もある。ちゃんぽんが長崎で誕生したことは紛れもない事実だが、ちゃんぽん=長崎の味では必ずしもないのだ。
長崎で誕生
ちゃんぽんのルーツには諸説あるが、1899(明治32)年に長崎の「四海樓」で発祥したという説が一般によく知られている。原型になったのは、豚肉やシイタケ、タケノコ、ネギなどを具にしたあっさりスープを使った福建省の麺料理「湯肉絲麺」。これを長崎にある「四海樓」の初代、陳平順さんが、濃いめのスープ、豊富な具、独自のコシのある麺で日本風にアレンジした。
ちゃんぽんの代名詞である白濁スープは丸鶏と鶏ガラ、とんこつを合わせて3~4時間かけて煮出して作る。具の魚介は、イカ、小ガキ、小エビなど、練り物も含めて長崎近海でとれる海産物が原料。また、独特の太いちゃんぽん麺は、麺に弾力を加えるかんすい=アルカリ塩水溶液の代わりに、中国由来の唐灰汁(とうあく)を使っている。
この長崎ちゃんぽんが、徐々に九州全土へと広がっていくのだが、その伝播の過程で、それぞれの土地で、手に入りにくい食材がローカルな食材に取って代わり、さらには、炭鉱労働者が多い町、工場の多い町などではカロリーアップされるなど、ローカライズされていく。
殻付きエビの小浜ちゃんぽん
ちゃんぽんはまず、長崎から橘湾をはさんだ対岸の湯治場だった小浜温泉に、海を渡って伝播する。小浜のちゃんぽんは、小浜近海でとれたシバエビを殻付きのまま入れるのが特徴だ。ちゃんぽん専門店だけでなく、寿司屋や居酒屋で食べられるのも小浜ならでは。握りずしとセットで食べるのも定番だ。
小浜には「ご当地ちゃんぽん」の存在を全国に広く知らしめたキーマンがいる。「ちゃんぽん番長」こと、長崎県雲仙市在住の林田真明さんだ。雲仙市役所の職員でもある林田さんが地元のちゃんぽんに着目。ちゃんぽんを核にしたまちおこし運動を始め、小浜ちゃんぽん愛好会を立ち上げる。この際の奮闘がNHKの長崎発地域ドラマ「私の父はチャンポンマン」のモデルになった。
さらに、小浜に限らず各地のご当地ちゃんぽんのバリエーションの豊さや文化性に着目、その普及と啓蒙を目指し、全国ご当地ちゃんぽん連絡協議会を組織する一方、北海道網走市や栃木県高根沢町など、縁のある「ちゃんぽんの未開地」に小浜ちゃんぽんのスープを持ち込み、その魅力を伝える活動にも取り組んでいる。「マツコの知らない世界」や「鶴瓶の家族に乾杯」など人気テレビ番組にも度々登場しているので、ご存じの方も多いだろう。
安くてうまい久留米ちゃんぽん
小浜と並び、いち早くちゃんぽんが伝播したのは、福岡県久留米市だ。足袋製造の過程で地下足袋が生まれ、そこから久留米がブリヂストン発祥の地としても知られるゴム産業のまちになっていく時期に、ちゃんぽんは久留米にやってくる。
「四海樓」の陳平順さんの遠縁に当たる翁善耕さんが長崎から久留米へと移り住み「光華楼」を開店する。これが、久留米ちゃんぽんのルーツだ。労働者のまち・久留米では、ちゃんぽんの高級な魚介がチクワやカマボコなどより安価な食材に替わり、安くておいしく腹いっぱい食べられるちゃんぽんになる。このちゃんぽんから久留米発祥と言われるとんこつラーメンが誕生したという説もある。
ラーメンはもちろん、腰の弱い筑後うどんを良く食べる地域性もあり、麺がちゃんぽん麺からうどんに変わったり、ラーメン店でちゃんぽんを提供するといったケースも登場する。また、屋台で食べるちゃんぽんも久留米ならではだ。
魚介たっぷり天草ちゃんぽん
小浜のちゃんぽんは、島原半島から再び海を越えて天草へと到達する。天草ちゃんぽんは「島民食」と呼ばれるほど地元に根付く。豊かな自然を誇る天草だけに、麺が見えなくなるほどの野菜に、炒めたチクワやカマボコ、魚介をのせるのが特徴だ。トッピングされた大きな魚介が天草ちゃんぽんの魅力だ。一方、その地域性から、長崎を経由せずに中国から直接伝わった店もあるという。
白い麺の水俣ちゃんぽん
天草へと至ったちゃんぽんは三たび海を越える。たどり着いたのは、熊本県水俣市だ。水俣ちゃんぽんは、あっさりとしたスープが特徴。具も野菜がたっぷりでヘルシー。そして最大の特徴が白っぽい麺だ。スープをしっかり吸い込む卵を使わないモチモチ麺がおいしさの秘訣だ。
アゴだしの平戸ちゃんぽん
長崎のちゃんぽんは、昭和に入ると北にも伝播する。かくれキリシタンなどで知られる観光地の平戸でも、ちゃんぽんは大衆食として受け入れられた。長崎に比べ麺は太く、高価な海鮮類はほとんど使わず、野菜たっぷりに変化した。アゴだしのちゃんぽんがあるのも平戸ちゃんぽんの特徴だ。
野菜山盛り武雄・北方ちゃんぽん
ちゃんぽんは長崎県の東隣・佐賀県にも伝播する。武雄市北方町は、かつて炭鉱で栄えたまちだ。ここでは過酷な労働環境で知られる炭鉱労働者のために、安くて栄養価の高いボリューム満点のちゃんぽんになる。海から離れた山のまちと言う土地柄から魚介が姿を消し、かまぼこと大量の野菜が入ったちゃんぽんだ。
1969(昭和44)年の閉山後もちゃんぽんは受け継がれ、現在も国道34号沿いにちゃんぽん店が軒を並べ、地元では「武雄・北方ちゃんぽん街道」として愛され続けている。人気店の「井手ちゃんぽん」はカツ丼の名店としても知られる。
スタミナ満点戸畑ちゃんぽん
ちゃんぽんは、佐賀からさらに東へ進む。福岡県の戸畑は、隣まちの八幡と並び製鉄で栄えた土地だ。溶鉱炉を擁する製鉄の現場は、とにかく暑い。また、一度入れた火は24時間燃やし続ける必要があり、長く現場を離れることが難しい。こうした労働環境がちゃんぽんを変えてしまう。
スープからは丸鶏や鶏ガラが消え、とんこつが主になりカロリーアップ。具にはイカゲソやゴボウを揚げたものがのり、さらにカロリーアップ。そして最大の特徴は、ちゃんぽんならではの太麺が、細くて茶色い蒸し麺に代わること。一度蒸されており、かつ細いため、非常に短時間でゆであがる。製鉄所で働く人たちが、短い休憩時間にさっと食べられるようにするための工夫だと言われている。
あっさり黄金色スープの八幡浜ちゃんぽん
一方、久留米のちゃんぽんは大分県の日田を経由して、九州から四国へと伝播していった。愛媛県八幡浜は海上交通の要所だ。明治の半ばから、大分県の別府、臼杵とを結ぶフェリーが運行されている。この海の道が、ちゃんぽんを四国へと伝えたと言われている。ただし、海路を通じ直接中国からちゃんぽんが伝播したという説もある。
とんこつ白濁スープの九州を離れたちゃんぽんは、ここで劇的な変化を遂げる。海のまち・八幡浜では、かつおだし・昆布だしをベースにした透明な黄金色スープに代わりあっさり風味になる。麺は太目の中華麺を使用する店が多く、たっぷりの野菜に豚肉、それ地元特産のかまぼこやじゃこ天などの練り製品が具材となる。
酢で食べる和風の近江ちゃんぽん
本州にもいくつかご当地ちゃんぽんがある。ただし、八幡浜同様、長崎との因果関係がはっきりしないものも多い。
滋賀県彦根市の近江ちゃんぽんは、全国にチェーン展開されており、食べたことがある人も多いだろう。近江ちゃんぽん発祥の店「麺類をかべ」(現:ちゃんぽん亭総本家)は、中華料理店ではなく、元々食堂。京都府の隣県だけに、だしはカツオブシと昆布からとった京風だしをアレンジ、ちゃんぽんの調理法で、野菜や豚肉などの具をたっぷり入れて手鍋を使って煮込み、中華麺と一緒に盛り付ける。
酢をかけて食べるのが一般的で、あっさり味の和風ちゃんぽんだ。
あんかけラーメンの尼崎あんかけちゃんぽん、山陰ちゃんぽん
本州系のご当地ちゃんぽんには、あんかけラーメンがベースになっているものが多い。その代表格が兵庫県尼崎市の「尼チャン」こと尼崎あんかけちゃんぽんだ。久留米や戸畑と同様、工業都市だった尼崎では、労働者向けの安くておいしくて腹いっぱいのメニューとしてちゃんぽんが愛されている。
たっぷりの野菜を炒めてスープを注ぎ、それにとろみを加えて、丼に盛ったゆで上げ麺にかけて食べる。麺をスープで煮込まないので、ちゃんぽんというよりラーメンに近い。
興味深いのは、尼崎あんかけちゃんぽんの人気店「天遊」のメニューには、尼チャンの他に長崎ちゃんぽんという白濁スープのメニューもあること。ただし、ただ「ちゃんぽん」と言うと尼チャンが出てくるという。
尼崎同様に、ちゃんぽん=あんかけラーメンなのが、山陰だ。鶏ガラやとんこつをベースにしたスープの他に、山陰ならではの牛骨スープを使ったちゃんぽんもある。
丼からあふれる味噌あんの秋田ちゃんぽん
そうした本州系ご当地ちゃんぽんの中でも特に個性的なのが秋田ちゃんぽんだ。秋田ちゃんぽんの顔とも言える「チャイナタウン」には、味噌味としょうゆ味の2種類のちゃんぽんがある。もちろん、本州なのであんかけラーメンだ。
人気が高いのは味噌ちゃんぽん。濃厚な味噌味のスープにはやや強めのとろみがつけられ、丼いっぱいにあふれそうなほど盛りつけられる。途中、辛味を加えて味を変えながら食べる。雪深く、冬の寒さが厳しい秋田の気候にはぴったりの、カラダが暖まるちゃんぽんだ。
工場労働者向けに誕生した濃厚な久留米のとんこつ、寒さが生んだ札幌の味噌、朝から食べることを考えた喜多方のあっさり味など、ご当地ラーメンには、その土地ならではの暮らしが映され、人気を呼んでいる。それはちゃんぽんにも当てはまる。今回紹介したご当地ちゃんぽんのまちを訪れた際には、ぜひそれを味わい、その地域の歴史や暮らしぶりを体感してほしい。