幻の高級魚を食す 和歌山県日高町産「天然クエ」

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和歌山県日高町産の天然クエ。九州ではアラとも呼ばれ、漁獲量が少なく「幻の高級魚」と言われる。脂がのった白身はもちろん、身と皮の間にはたっぷりのゼラチン質を蓄え、コラーゲンたっぷり。あまりの希少さから知名度は低いが、そのおいしさは、ふぐやすっぽん、あんこうなどの高級魚にひけをとらない。

上品な白身が特徴
上品な白身が特徴

日高町はクエの町

和歌山県内では養殖物も多く流通するが、古くから「クエの町」として知られる日高町では、特に天然のクエにこだわる。今回、その日高町が誇る天然クエを、鍋中心にフルコースで味わった。

試食会の会場になったのは、麻布十番にある「和処 きてら」。「紀尾井 なだ万」の料理長を経て、和歌山県「海南ロイヤルパインズホテル」の総料理長などを歴任した、佐々木生剛さんがプロデュースする、和歌山の味にこだわるお店だ。

ゼラチンたっぷり
ゼラチンたっぷり

クエの生息地は、黒潮や対馬海流といった暖流が流れる海域。スズキ目ハタ科マハタ属の魚で、ハタの仲間では国内最大級の魚体を誇る。九州ではアラと呼ばれるものの、スズキ目ハタ科アラ属のアラとは別の魚。沿岸や大陸棚周辺の岩礁で生活し、昼は岩陰に身を潜め、夜間にエサを求めて活動する。活動範囲はそれほど広くなく、小魚や甲殻類、イカなどを捕食する。群れを作らず単独で行動することもあり、なかなか釣れない「幻の魚」として知られる。

水揚げされたばかりの天然クエ
水揚げされたばかりの天然クエ

一般に60センチ程度まで成長するが、その速度は遅く、1年に1キログラムほどしか大きくならない。中には2メートル、重量30キロを超えるものもいる。魚体の大きなものほど珍重される。価格は、1キロ当たり1万円を超える高級魚で、大型の魚体が上がると、地元ではメディアで報道されるほどだ。

「奇跡」の天然クエ、28キロ

今回食べた28キロ、1メートル20センチのクエ
今回食べた28キロ、1メートル20センチのクエ

特に天然物の大型魚は、非常に希少で、産地以外の市場に出回ることはほとんどない。今回、調理されたのは、重量28キロ、体長1メートル20センチにも及ぶ天然の大物で、東京で食べることは「奇跡に近い」(佐々木さん)そうだ。

地元・日高町でも高級魚として扱われ、家庭ではなく、旅館や料理店で食べるのが一般的だ。そもそも、大型のクエは家庭では解体できない。マグロのように、専用の道具が必要になる。地元では、クエの解体は「おろす」「さばく」などではなく「割る」と呼ぶほどだ。

早速味わってみよう。

刺し身は塩入りごま油で

右上がクエの刺身
右上がクエの刺身

まずはお造りから。鯛、マグロ、イカとの盛り合わせ。土佐醤油だけでなく、塩が入ったごま油も添えられる。クエの刺し身を味わうには、しょうゆよりもごま油の方が適しているという。

塩の入ったごま油がクエの甘さを引き立てる
塩の入ったごま油がクエの甘さを引き立てる

同じ白身魚でも、歯ごたえが心地よい鯛に対し、クエはソフトな歯触り。何より、脂がのって甘さが際立つ。ごま油の中の塩が、その甘さを引き立てる。

うまみ増す照り焼き

甘みと食感が魅力
甘みと食感が魅力

続いては、照り焼き。個人的な感想ではあるが、火を通すことによって、クエならではの魅力が俄然際立ってくる。見た目は、ムツや銀だらのイメージ。特に身と皮の間にたっぷり蓄えられたゼラチンはムツに近い。身の締まりはムツより銀だらだろうか。その甘味が刺し身以上に口に広がる。生ではソフトだった身が、火を通すと独特の弾力を帯びる。固くはない。もちろんぼそぼそでもない。なんとも心地よい食感だ。

身と皮の間にたっぷりのゼラチン

驚かされたのは皮のおいしさ。ゼラチンの舌触りは、魚の皮下の脂にはない、独特の食感とさわやかな味わいがある。「くにゅ」っとした歯触りは、ある種快感ですらある。

食べ進めるごとに増すうまさ

そして真打ち登場。クエ鍋だ。

昆布だしのスープでクエを炊く
昆布だしのスープでクエを炊く

地元・日高町では、刺し身や唐揚げを前菜にしたクエ鍋がコースの主役になるという。ただし、地元では水炊きにしてポン酢に浸して食べるのが基本だそうだ。今回は「クエの美味そのものを味わってほしい」(佐々木さん)と、ポン酢を排し、昆布だしのスープでクエを炊いた。

大きな中骨に魚体の大きさを感じる
大きな中骨に魚体の大きさを感じる

野菜は入れずに、まずクエのみで味わう。白身は焼き物同様、加熱すると独特の弾力を帯びる。アラについた身も、箸でほじれば簡単にほぐれる。身をこそげた後の中骨の大きさに、改めて魚体の大きさを自覚する。

クエによく合う日本酒
クエによく合う日本酒

味は、うまみが濃厚。さすがは「幻の高級魚」と呼ばれるだけのことはある。とはいえ、マグロやサバなど脂のパンチとは別物の味わい。白身魚特有の、あっさりたんぱくながらも。噛んだ瞬間に味わいが広がる。

クエ鍋とともにいただくのは、紀州の地酒「吟醸九絵(くえ)」。クエによく合う日本酒として知られる。

くえを入れるごとにうまみを増すスープ
クエを入れるごとにうまみを増すスープ

椀の汁をすすってみる。なんとも味わい深いだしだ。ベースの昆布も含め、スープには少しの濁りもない。それでいて、深いうまみが味わえる。

鍋に残った汁に、さらにクエの切り身を加える。するとどうだろう、一度目の汁にはない味の深みが、2杯目のスープには加わっていた。そこに少し、すり下ろしたショウガを加える。一瞬にして、味が華やぐ。食べ進むうちに、どんどんおいしさが増していく。

野菜の甘みがスープをいっそうおいしくする
野菜の甘みがスープをいっそうおいしくする

さらに、野菜も加えてクエを炊く。野菜から出た甘味が、クエのみとは違った味の表情を作り出す。一体この先どこまでおいしくなるのだろう?

日本一美味しい雑炊

日本一は過言ではない
日本一は過言ではない

シメの雑炊は、メニューには「日本一美味しい雑炊」と記されていた。うまみを重ねに重ねた汁と米粒が混然一体となった雑炊が、うまくないはずがない。クエの身こそ入っていないシンプルな雑炊だが、身を食べる以上の美味が堪能できる。

地元だからこそ食べられる天然クエ

日高町は、和歌山県内でも、特にクエとのかかわりが深い。町内にはクエ供養碑があり、江戸時代から続く、クエを神輿にして神社に奉納するクエ祭も最近まで継承されていた。

クエ供養碑
クエ供養碑

町内の旅館民宿では、1970年代からクエ料理を提供し続けている。クエの旬を迎える毎年10月には、クエフェアも開催する。民宿で提供するクエ料理は、料理のみで1万2100円から。1泊朝食付きなら1万8150円から。クエフルコースの1泊朝食付きで2万1450円から。地元ならではの価格で「幻の高級魚」が味わえる。

クエを神輿にして神社に奉納する
クエを神輿にして神社に奉納する

一度は食べたみたい美味だが、特に天然物は漁獲量が極端に限られる。クエを食べるなら日高町まで足を運ぶのがベストな選択肢だろう。そこまでする価値がある「幻の高級魚」であることは間違いない。

日高町旅館民宿組合

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