寒さが厳しさを増すと恋しくなるのが鍋料理。寄せ鍋や湯豆腐など、手軽に美味しくあたたかくいただける鍋料理は、冬の定番家庭料理だ。各地にあるご当地グルメにも、そんな鍋料理がたくさんある。青森県南部地方で愛される八戸せんべい汁もその一つだ。ご当地以外ではなかなか味わうことが難しい、そんな八戸の味を家庭でも楽しんでもらおうと、市民団体・八戸せんべい汁研究所関東サポーターズ倶楽部では毎年、都心で八戸せんべい汁調理実習を開催している。今年、コロナ禍で3年ぶりの開催となった調理実習にお邪魔して、八戸せんべい汁の作り方を学んできた。
八戸せんべい汁は、八戸市を中心にした青森県南と岩手県北の一部の地域で江戸時代の後期から食べられている郷土料理。肉や魚、野菜やキノコなどでだしを取った汁の中に、小麦粉と塩でつくった鍋用の南部せんべい(おつゆせんべい)を割り入れて、煮込んで食べる。作り手によって味のバリエーションがあるが、今回は基本的な八戸せんべい汁の作り方を紹介する。
まずは材料を確認しておこう。量はおおよそ8人前だ。水1800CC、しょうゆ70CC、酒100CC、みりん20CC、塩少々、花鰹30グラム、昆布15グラム、ゴボウ1/2本、ニンジン1/2本、長ネギ1本、シメジ100グラム、キャベツ1/8カット、鶏肉150グラム、しらたき50グラム、おつゆせんべい16枚。調味料は酒、みりん、しょうゆ、そして塩だ。
だしづくりから始めよう。鍋に水1800CCと昆布を入れ、火にかける。火にかける前に3時間ほど昆布を入れたままにしておくとさらにだしが出る。沸騰直前に火を止め、そのまま30分ほど置いてから昆布を取り出す。
鍋を再び火にかけ、沸騰直前に花鰹を回し入れ、沸騰したら火を止める。花鰹が沈んだら、ふきんなどで濾す。
次に具を用意する。ニンジンはピーラーで皮を剥いてささがきに。ゴボウも包丁の背を使って皮をこそげ、やはりささがきにし、いずれも水にさらして灰汁を取る。
キャベツは食べやすい大きさにざく切りにする。シメジはいしづきを落として、小房に分けて食べやすい大きさにする。
長ネギは斜め切りにして、緑色の部分は薬味用に細かく刻む。しらたきは4~5センチ程度の食べやすい長さに切り、水で洗う。鶏肉は一口大のぶつ切りにする。
さぁ煮込んでいこう。だしをとった汁に酒100CCを加えて火にかけ、ささがきにしたゴボウとニンジンを投入する。沸騰したら鶏肉を入れる。灰汁が出てくるのでていねいにすくおう。
灰汁が取れたら、シメジ、キャベツ、長ネギ、しらたきを加える。再び沸騰したところでみりん20CCとしょうゆ70CCを加え、火加減を見ながら10分ほど加熱する。
さていよいよせんべいの登場だ。汁は味見をして、必要に応じて塩を加えて味を調える。沸騰してきたら、おつゆせんべいを投入する。おつゆせんべいはまるごとではなく、割って入れる。その際のベストサイズが3等分。つまり円形を3等分した三角形だ。そう、あのドイツ製高級車ベンツのエンブレムの形がベストなのだ。八戸せんべい汁研究所では、これを「せんべいのベンツ割り」と呼んでいる。両手の親指をせんべいの中心部に当て、そこに力を入れて割ると「ベンツ」に割りやすい。
おつゆせんべいを投入したら、弱火で5~10分煮込む。仕上がりの基準は「アルデンテ」。せんべいがしっかり煮込まれて、しかし、芯が少し残るくらいがベストの味わい、食感だ。アルデンテが確認できたら火を止める。
お椀に盛り付けて、薬味用に細かく刻んだ長ねぎの葉の部分を散らせばできあがりだ。好みで七味唐辛子をかけてもいい。手に入れば、青森産にんにくが入った七味にんにくやブラックペッパーも試してみるといい。
八戸せんべい汁、そもそもは保存食がルーツ。ニンジンやゴボウ、長ネギ、白菜、ダイコンなど農家が雪の下で保存していた野菜を使ってつくられたという。また、八戸は漁港のまち。鶏肉、しょうゆ味の他にもサバなど魚を具に使ったものやみそ味、塩味など多彩な味も楽しめる。現地を訪れた際にはぜひ試してみたい。
会場では、まずは自ら調理した八戸せんべい汁を味見する。やさしい味わいに心が和む。この日は7グループに分かれての調理だったが、興味深いのは、同じ材料を同じレシピで料理したにもかかわらず、味がそれぞれ微妙に違うのだ。美味しい不味いではなく、それぞれにそれぞれの美味しさがある。
青森の鍋料理というと、特に津軽地方では、じゃっぱ汁や貝焼きみそなど濃厚な味のものが多いが、八戸せんべい汁はいちご煮と並んで繊細な味付けが特徴。それだけに微妙な味の違いを楽しめる。
ちなみに八戸せんべい汁で使うせんべいは、お菓子として食べる、ピーナッツや胡麻の入った南部せんべいとは別ものなので、注意が必要。甘い南部せんべいを鍋に入れると溶けてしまう。塩と小麦だけでつくったおつゆせんべいは、いわばパスタ。青森県のアンテナショップや通信販売で手に入れることができる。常温で軽いので、通販を利用しても、配送コストはお手頃だ。
会場にはこの日、八戸藩南部家十六代当主・南部光隆さんも来場。八戸藩南部家の歴史と南部せんべい誕生の経緯も語ってくださった。さらには、南部光隆さんオススメのごませんべいのバターのせや、おつゆせんべいにピザソースとチーズをのせて焼いたせんべいピザなどが八戸せんべい汁研究所関東サポーターズ倶楽部のメンバーによって振る舞われた。
地元八戸では、特産のイカの塩辛をおつゆせんべいにのせて酒を飲み、最後は塩辛の染みたせんべいまで食べてしまうなど、南部せんべいが様々に食べられている。そんなせんべい料理の代表格・八戸せんべい汁をぜひとも家庭で楽しんでみてほしい。