元気です、食べに来てください 「金沢美味探訪」

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元日の北陸を襲った能登半島地震。輪島の朝市通りを大規模火災が襲い、揚浜式製塩がストップするなど、その被害は大きい。特に水道被害が深刻で、復興は遅れ、ボランティアはじめ県外からの来訪も制限せざるを得ない状況だ。しかし一方で、北陸新幹線の敦賀延伸を控え、観光産業への打撃も懸念されている。石川県内でもトップ級の美味が集まる金沢のグルメ事情について、最新の事情をリポートしたい。

金沢はカニ真っ盛り

能登の被害は極めて深刻だが、金沢や小松が位置する加賀地方の被害は軽微だ。特に香林坊や兼六園など金沢の中心市街地は、被災前と変わらぬにぎわいを見せている。能登への立ち入りが懸念される一方で、加賀地方では多くの観光客を待っている状態だ。

朝から人通りが絶えない近江町市場

金沢市民の台所・近江町市場も普段と変わらない活況を見せている。冬の北陸と言えばカニ。近江町市場の店頭にはカニがずらりと並ぶ。石川県で水揚げされるズワイガニのうち、甲羅幅9センチ以上という既定のサイズをクリアしたオスのズワイガニは、石川県の「加賀」と「能登」から1文字ずつ取って加能ガニと呼ばれる。メスの香箱ガニとともに冬の金沢、近江町市場を象徴する味だ。

カニ面

北陸ならではのカニの食べ方が「カニ面(めん)」だ。香箱ガニの甲羅に、身や内子などを殻から外して詰めて蒸したもの。金沢おでんの高級種としても知られる。冬の金沢を代表する味だ。おでんだけでなく、そのまま食べてもおいしい。

生の金時草

金沢を代表する飲み屋街・片町も健在だ。木倉町商店街にある居酒屋割烹「源左エ門」で加賀の味に舌鼓を打つ。まずは、加賀伝統野菜の金時草だ。鮮やかな赤紫と緑のコントラストが目を引く。葉の裏面の鮮やかな赤紫色が「金時芋」や「金時豆」に似ていることから、石川県では「金時草(きんじそう)」と呼ばれる。アジア原産の野菜で、18世紀に中国から渡来。熊本を経由して江戸時代に金沢での栽培が始まった。

金時草の酢の物

まずは酢の物で。ゆでるとぬめりが出て、食べるとシャキシャキとした食感、そして独特の風味があり、ほうれん草や小松菜など、一般的な青菜にはない独特の味わいがある。赤紫色の成分であるアントシアニンには活性酸素を抑制する抗酸化作用があるため、健康にもいいとされている。酒が進む味なのは、困ったものだが。

天ぷらも魅力的な金時草

続いて加賀伝統野菜の天ぷらを盛り合わせでいただく。金時草は天ぷらにするとまた違った味わいになるからうれしい。加賀レンコンのシャキシャキとした食感は、やはり杯を持つ左手を活性化する。

絶妙な食感の源助だいこんの天ぷら

出色だったのは源助だいこんの天ぷらだ。だいこんの天ぷらは珍しい。適度に歯ごたえを残しつつ火が通っただいこん特有の優しい食感に仕上がっている。シンプルに塩だけつけていただく。

じぶ煮

加賀の味、真打ちは、石川県を代表とする煮物・じぶ煮だ。鴨やすだれ麩、季節の野菜などを煮たもので、鴨肉には小麦粉がまぶされているため、独特のとろみがある。家庭でおもてなしや特別な日の料理として食べるだけでなく、郷土料理を提供する料亭や割烹などでも提供されている。薄手で口が広く底が浅い、専用のお椀で出されるのが、金沢流だ。

とろみのついた出しをまとった麩

主役の鴨肉はもちろんのこと、タケノコやシイタケにもしっかりと出しのうまみが染み込んでいる。そして、とろみのついた出しをまとった麩のやさしい食感。なんとも上品な味だ。何より出しが抜群に美味しい。独特のとろみもあって、出しをすすりながら酒が飲める味だ。

(左から)シュウマイ、湯葉、赤巻き、海老しんじょう

冬の金沢で飲むなら金沢おでんは外せない。人気店の「赤玉」を訪れた。出しの効いたつゆで食べるおでん種は、東京のおでんとはかなり異質だ。じぶ煮同様、車麩など麩は欠かせない。練り物も北前船で栄えた北陸らしく、昆布で巻いたかまぼこだ。そしてたまご焼きのおでんも金沢ならではだ。

小海老の入った柔らかいかまぼこ

そして海老しんじょう。東京の海老しんじょうは海老のすり身を揚げたものだが、金沢では、柔らかいかまぼこというと分かりやすいだろうか。海老のすり身を昆布出しや卵白ですりのばして調味し、箸で簡単に切れるくらいの固さに仕上げたものだ。 海老のうまみが上品な味付けの出しにぴったりだ。

「宇宙軒食堂」のとんバラ定食

シメは肉と行こう。片町といえば「宇宙軒食堂」を素通りするわけにはいかない。表通りから路地に入り、さらには薄暗い通路の先に入ったいかにも大衆店の佇まいの店内で食べるのは、名物のとんバラ定食だ。

秘伝のたれをかけたとんバラ

地元の人には「宇宙軒=とんバラ」は同義語だ。来店者もほぼ全員がとんバラ定食を食べている。ネーミングそのままに、豚のバラ肉を鉄板焼きしただけのシンプルなおかずの定食だ。しかし、秘伝のタレが抜群に美味しい。長年かけて開発されたといい、多くの味要素が複雑に絡み合った味で、甘味と酸味のバランスが絶妙なのだ。ただの千切りキャベツ、素焼きの豚バラ肉が、このたれ一つで唯一無二のとんバラになる。

とんバラは白いご飯の親友

そしてこのたれが、白いご飯になんとも合うのだ。脂身多めのバラ肉で、白飯を包んで食べるとこの上ない幸せな気持ちにさせてくれる。金沢でしか、「宇宙軒食堂」でしか食べることができない、それこそとんバラを食べに金沢へ行きたくなる味だ。

「グリルオーツカ」のハントンライス

高級和食のイメージが強い金沢だが、とんバラだけでなく金沢カレーやハントンライスなど庶民派グルメにもぜひとも食べておきたい味が多い。被災地の復興に地元観光の活性化は欠かせない。能登はしばらく時間がかかりそうだが、せめて加賀、金沢には積極的に足を運んで、復興の後押しをしてほしい。

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