東京学芸大学の武蔵小金井、中央大学や法政大学などがある八王子など、JR中央線沿線が走る東京西部は大学が多く学生街が並ぶ。学生街ともなれば、お腹を空かせた学生相手の安くて量がある食堂も多い。そんな学生相手のメニューとして誕生したと言われているのが、油そばだ。

油そばは、どんぶりの底に敷かれたしょうゆベースのたれやごま油の上に麺と具をのせ、ラー油や酢などの調味料を好みでかけながらかき混ぜ、麺に絡めて食べる、いわば汁なしラーメンだ。諸説あるが、亜細亜大学を擁する武蔵境にある中華料理店「珍々亭」と一橋大学を擁する国立にある居酒屋「三幸」がその元祖だと言われている。

とはいえ、当時は、あくまでも地元の学生たちに愛された「大学に通っていた頃よく食べたなぁ」的な、個店のラーメンに過ぎなかった。それが急速に広がっていったのは1990年代の後半のことだ。この時期に、油そばを専門に提供するチェーン店が続々と誕生、急速な勢いで店舗数を増やしていったからだ。手間のかかるスープ作りが不要な上、調理時間、提供時間も短いことから、客の回転率が高く、コストも安いため、操業効率がいいことが、急拡大の背景にある。

実際に、油そばを食べてみよう。まずは元祖店の一つ「珍々亭」を訪ねた。油そばの元祖店として知名度は高く、連日行列が絶えない。取材時も、午前11時の開店直後の訪店にもかかわらず、店頭には空き席待ちの長い行列がすでにできていた。入店までには30分以上を要した。

チェーン店の多くは油そば専門店であるケースが多いが、「珍々亭」は、メニューの筆頭こそ油そばだが、ラーメンやワンタンなど汁物のメニューも用意している。なので、油そばにスープを追加することも可能だ。せっかくなので、スープ、さらには生卵を追加してオーダーした。ちなみに、チェーン店では無料で麺量を選べるところもあるが、「珍々亭」は大盛り別料金だ。

汁麺やの油そばは、中国のまぜ麺である拌麺(ばんめん)を参考に編み出されたと言われている。加える調味料は、酢とラー油が一般的だ。好みで掛け回したらよくかき混ぜる。たれの油分は少なめな感じで、その分、食べるとき、麺を引っ張り上げるのに苦労する。麺同士がくっつくからだ。ちょっと食べにくいが、脂っこくなく、食べやすい。具はチャーシューとメンマとなるとだ。ねぎは別料金となる。

もう一つの元祖店「三幸」は、ラーメン店でも食堂でもなく居酒屋だ。開店時間は夜7時。昼の営業はない。あくまで呑んだ後のシメとしての立ち位置だ。国立駅から徒歩15分ほど。住宅街の中にぽつんと佇む、いかにも昭和の時代から続いていますといった風情の居酒屋だ。木造の店舗に、看板はあるものの電気はついておらず、のれんがかかっていたことでやっと営業中と判別できた。

いかにも学生が好みそうな鶏皮など脂っこいおつまみと並ぶ看板メニューが油そばだ。早速頼んでみる。まずはデフォルトの油そばから。汁のない麺の上にはチャーシュー、なると、モヤシ、そして海苔が1枚のっている。東京ラーメンから汁だけ抜いたといった風情だ。

ここでは、酢やラー油はマストではないようだ。そのままよくかき混ぜてから食べる。ちなみに誕生のきっかけは、賄い用のラーメンを作ったが忙しく、時間が経つうちにすっかり麺が汁を吸ってしまった。試しにそれを食べたところ美味しかったというものだ。

その意味で、チェーン店や「珍々亭」の油そばとは別ものの印象だった。より、汁なしラーメンに近い感覚だ。デフォルトの油そばはしょうゆ味だが、味噌味もある。通称みそたま、味噌玉子油そばだ。ただ、汁ではないので、味噌ラーメンのような強い主張はない。ほんのり味噌が香る程度だ。

個人的に「三幸」で最も気に入ったのは、納豆玉子油そばだ。抑え気味のしょうゆだれに納豆特有の香りと粘り気が加わると、抜群に魅力的になる。チェーン店などで、これまで結構油そばを食べてきたつもりだが、これは初体験の味だった。わざわざ食べに行く価値があると思った。

チェーン店の代表格とも言えるのが、早稲田発祥の「東京麺珍亭本舗」だ。早稲田鶴巻町にある本店は、チェーン店とは思えないほど個店の装いだ。具はチャーシューとメンマ、そして刻みのり。「珍々亭」で麺が引っ張り出しにくかったことを思い出し、背脂を追加トッピングしてみた。

調味料はやはりラー油と酢。さらにすりごまも用意されていたので、ごまをすり入れてからよくかき混ぜた。背脂はゆでたての麺の余熱でまたたくまに液体になった。その分、麺の滑りはいい。半面、かなりしつこくなってしまった。油そばのチェーン店は一般的に麺量が多いので、並盛りを頼んだのだが、意外に麺は多くはなかった。見ると、女性でも大盛りを注文していた。

店舗数が多いのが「東京油組総本店」。北海道から鹿児島まで、店舗が存在する。麺量は、並盛り、大盛り、さらにダブル盛りまで同一価格だ。具はチャーシュー、メンマ、ねぎ、そして刻みのりだ。やはり酢とラー油を掛け回して食べるのだが、「東京油組総本店」では、別途みじん切りにしたタマネギが用意されている。このタマネギが油そばによく合う。

麺の滑りをよくするためにラー油を少々多めに入れると、タマネギの美味しさも増す。ついついタマネギをたっぷり入れてしまったほどだ。タマネギは、やはりチェーン店の「油ゃ」(現在は大手町店のみの営業)でも用意されていた。タマネギをたっぷり入れると、よりさっぱりと食べられるが、一方で元祖2店のイメージからは少し変わってしまう気もした。

元祖2店が多店舗展開せず、一方で後発チェーン店が急速な勢いで店舗数を増やしたことから、今では、チェーン店の油そばが一般的とさえ感じられるようになっている。しかし、「沈々亭」も「三幸」も、チェーン店にはない独特の個性がある。油そばの神髄を味わうには、やはり元祖店を一度は訪れてみることをお薦めしたい。




