梅干しが効いた冷たいみそ汁 御前崎のがわ汁

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夏も盛り。暑さが厳しくなると食欲も減退しがちだ。そんな時に恋しくなるのが、冷たい料理の数々。その代表とも言えるのが、宮崎の冷や汁だろう。アジやイワシなど焼いた魚の身をほぐし、焼き味噌と混ぜて冷たいだし汁でのばし、きゅうりや大葉などの薬味を加えて、温かいご飯にかけて食べるものだ。埼玉県の川島町など荒川流域で食べられているすったて・冷や汁うどんは、すったごまと味噌を合わせて、冷たい井戸水で溶き、うどんを浸して食べるもの。暑さの厳しい地域には、こうした冷たいみそ汁を使った郷土料理が散見される。静岡県御前崎市のがわ汁もそのひとつだ。

海岸線が美しい御前崎の海

静岡県は、全国屈指のカツオの漁獲量を誇る。中でも静岡県最南端に位置する御前崎港は県内でも有数のカツオの水揚げ港だ。御前崎港周辺では、端午の節句に、鯉のぼりではなく「カツオのぼり」を掲げるほど、かつお漁が盛んなまち。もちろん、夏の冷たい汁物に入るのもカツオだ。

「御前崎海鮮なぶら市場」にもカツオが並ぶ

がわ汁は、そもそもカツオ漁師が船上で食べる「漁師めし」として誕生している。波の高い外洋の船上では、しょうゆなどの液体調味料よりもみそなどの固形の調味料が好まれがちだ。時化るとこぼれてしまう液体調味料よりも、固形の調味料の方が扱いが楽という訳だ。ちなみに、千葉県太平洋岸のなめろうも、獲れ立ての魚を味噌を入れてたたいた漁師めしだ。

野菜もたっぷり

がわ汁は、釣ったばかりの生のカツオを、きゅうりやタマネギ、青しそなどを刻んで、梅干し、味噌と共に冷水に入れる。氷を入れ、味噌を溶かそうとかき混ぜる際に「ガワガワ」と音がするため、「がわ」と呼ばれるようになったといわれている。そもそもは漁師めしだが、夏には、御前崎の一般家庭の食卓にも登場する。

味の決め手は梅干し

宮崎の冷や汁なら焼き魚、埼玉のすったて・冷や汁うどんならすりごまがその最大の特徴だが、御前崎のがわ汁の場合、味の決め手になっているのは梅干しだ。もちろんみそ汁なのだが、ひとくち含んだ印象は、味噌よりも圧倒的に梅干しが勝る。決して梅干しを大量に入れているわけではないが、口をつけたときに、まず梅干しの味が舌を刺激するのだ。

氷が浮いた冷たいみそ汁

宮崎の冷や汁の焼き魚に対し、御前崎のがわ汁は生魚がタンパク質の主役になる。いずれも冷たいみそ汁という点では共通しているが、その味わいには、それぞれ違った個性がある。さっそく現地でがわ汁を食べてみよう。

海に面した「御前崎海鮮なぶら市場」

御前崎港や海岸、灯台といった観光スポット周辺には多くの魚料理店が軒を連ねる。しかし、がわ汁は漁師めしや家庭料理のイメージが強いのか、どこの店でも扱っているというわけではなさそうだ。駿河湾観光連盟のホームページに何軒か提供店が紹介されていたが、実際に足を運ぶとメニューに載っていないケースも散見された。

「海鮮料理みはる」のがわ汁

「海鮮料理みはる」では、季節限定でがわ汁を提供する。メニューに記された解説によれば、使う魚は家庭によってまちまちといい、同店ではアジやカマスなどを使うことが多いという。この日のがわ汁はアジだった。しかし、配膳されてきた際には、アジはみそ汁の底。運ばれてきて、まず椀の真ん真ん中に鎮座していたのは梅干しだった。見た目にも、味でも、主役は梅干しと感じた。

「海鮮料理みはる」のがわ汁はアジ

汁をひとくちすすると、明らかに梅干しの酸っぱい味わいが口に飛び込んでくる。あまり叩いたりはせず、種を抜いたら、梅干しの果肉をそのままみそ汁の中に入れた感覚だ、にもかかわらず、汁全体に梅干しの酸味が行き渡っている。そして、それが、冷や汁やすったて・冷や汁うどんにはないがわ汁の個性になっている。

和風レストラン「ナチュラル」のがわ汁

もう1軒、御前崎港に水揚げされた鮮魚をはじめ、多くの海産物が並ぶ「御前崎海鮮なぶら市場」の一角にある和風レストラン「ナチュラル」でもがわ汁を食べることができる。こちらは1日限定10食の提供だ。おすすめのカツオの刺し身定食のみそ汁をがわ汁に替えてもらい食した。

「ナチュラル」のがわ汁はカツオ

こちらでは汁の真ん中に鎮座するのは、カツオのぶつ切りだ。一見して梅干しの姿は見えないが、汁をすするとやはり梅干しの酸味がまず口の中に飛び込んでくる。不透明なみそ汁の中を探すと、やはり梅干しの果肉が結構大きく潜んでいた。探し出して味わうと、果肉そのものにはあまり酸っぱさは残っていない。しっかり汁に漬け込むのだろうか、果肉から汁の中に、梅干しの味が溶け出しているイメージだ。

レタスも入る

野菜も豊富だ。ねぎの青みに加え、レタスも混じっていた。生の香味野菜と冷たいみそ汁、そして梅干しの酸味がとても爽やかだ。野菜のしゃきしゃきとした食感も涼を呼ぶ。梅のすっぱさと味噌のしょっぱさ、野菜の食感が見事なハーモニーだ。

カツオの刺し身定食にがわ汁を添えて

せっかく定食と合わせて注文したので、カツオの刺し身定食の炊きたてのご飯を冷たいがわ汁に浸してみた。白いご飯との相性は抜群だ。一度この味を知ってしまって以降は、残っていたご飯がすべてがわ汁の中に入ってしまった。やはり、梅干しの酸味が白いご飯に絶妙に合うのだ。

白いご飯との相性は抜群

地元客だろうか、隣り合わせた客は、がわ汁とライスのみの注文だった。がわ汁の中にもけっこうカツオが入っており、汁もそれなりに量があるので、このシンプルな注文の仕方がベストかと感じた。十分満足できるし、価格も1000円を切る。鉄道や高速道路からはやや不便な御前崎だが、暑い日ならば、このがわ汁を食べるためだけに遠路ほるばる訪れる価値があると感じた。夏のうちに、ぜひ食べに行ってほしい。

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