すき焼きにも豚肉を使うなど、肉と言えば豚肉のイメージが強い群馬県だが、実は鶏肉を使った弁当が県内各地でよく食べられている。焼いた鶏肉に、ちょっと甘めのたれを絡めてご飯にのせて食べる「鳥めし」あるいは「とり重」と呼ばれている料理だ。
その代表格とも言えるのが、前橋に本店を構える「登利平」の上州御用鳥めし弁当だ。「登利平」のルーツは、大正末期、東京の北千住で誕生した。昭和の初めになり、前橋に鶏肉販売店を開業。現在の「登利平」は、1953年にのれん分けして開店した。
当時から人気メニューだったのが「鳥重」。薄くスライスした国産ひな鶏の肉をご飯の上に盛り、開店以来半世紀にわたって受け継がれてきたたれをまぶして食べる。これが地元の人たちに大いに好まれた。創業時には10数名だった従業員も現在は約600人、工場もつくり、店舗数も群馬県内に27店、埼玉県内に5店、栃木県内に1店の計33店にまで拡大した。
実際に「登利平」の鳥めし弁当を食べてみよう。驚かされたのは鶏肉の薄さだ。まさにペラペラ。アメリカのターキーサンドイッチよりも薄い。しかし、この薄さが美味しさのカギになっていた。淡泊な鶏肉だが、薄くスライスすることでパサパサ感がないのだ。しかも、ちょうどいい歯触りになる。冷めても美味しい。弁当の端には鶏皮も細かくスライスされてのせられている。
たれも後で紹介する太田・桐生の2店がうな丼を思い起こさせる甘いたれであるのに対し、甘さ控えめのくせのない味わいだった。ただし、「たかべん」の鶏めし弁当に比べるとやや甘みがあり、どちらかと言えばうな丼寄りの味わい。このくせのなさが、広く群馬県民に受け入れられている原因なのかもしれない。
一方で、旅行者に愛されたのは駅弁だ。前橋に隣接する高崎は、絹の集積地として、長野から直江津へ抜ける信越本線、越後湯沢から長岡へ抜ける上越線、さらには群馬・栃木を横断する両毛線、絹の積み出し港・横浜への短絡ルートとなる八高線など、多方面とつながる鉄道が集まり、交通の要衝として栄えた。かつては多くの乗り換え客が、ここで駅弁を買い、旅の空腹を満たした。そんな高崎駅の駅弁として1934年誕生したのが、「たかべん」の鶏めし弁当だ。
鶏めし弁当は、海苔を敷いたしょうゆの味ご飯の上に、特製の鳥そぼろと鳥の照り焼きがのる。今回食べた弁当の中では、最も「別もの」感が強かった。甘さはあまり感じられず、そぼろと照り焼きの「2色やきとり丼」といった味わいだった。
鶏肉を使った弁当は、県中西部の前橋・高崎だけではない。県東部の桐生や太田にも鶏肉を使った人気の弁当がある。桐生が本拠のうなぎ店「たつ吉」の人気テイクアウトメニューがとり重弁当だ。そもそもは、うなぎが苦手でうな重を食べられない人向けのメニューとして誕生した。
国産鶏モモ肉を薄く削ぎ、やはり継ぎ足しのたれに漬けてから、サンドイッチメーカーのような2枚の網で挟んで焼き上げる。店頭では、ガラス越しに鶏肉を焼き上げる様子を間近に見ることができる。薄いと言いつつ「登利平」ほどではなく、食べやすい厚さで柔らかく、ふっくら焼き上がっていた。これをご飯の上にのせれば完成だ。好みで足せるたれと、山椒の小袋が付いてくる点は、なるほどうなぎ屋の流儀だ。現在では、とり重弁当持ち帰り専門店を4店舗構えるなど、店の看板メニューになっている。
「とり弁鶏」は桐生を本拠に、パスタやピザなどイタリアンを展開する外食企業のとり重、唐揚げを主力商品とするチェーンだ。ロードサイドで、ドライブスルーも手がける。太田店を訪れ、店内で人気のとり重を味わった。鶏肉は炭火で焼き、ちょっと甘めのたれで仕上げてある。
食べてみると、まさにうな重の味わい。うなぎがそのまま鶏肉に差し替わったと言えば分かりやすいだろう。山椒をかけて食べる点もやはりうな重を思い起こさせる。唐揚げやチキン南蛮など定食メニューもバラエティー豊富で、弁当に限らず、店内で食べる人も結構多い。セルフサービスでご飯もおかわりし放題。ジャーのそばにはとり重のたれも用意されている。せっかくなので、空になったお重にご飯をよそい、とり重のたれをかけてみた。予想通り、うなだれご飯の味がした。
ちなみに、太田にはなすの蒲焼きという知る人ぞ知る名物弁当がある。「上州太田焼そば かわとみ」の名物メニューだ。ナスを厚切りにして、うなぎの蒲焼きと同じように焼き上げ、うなぎのタレで味付けしてご飯の上にのせたもの。焼き目が付き、たれに染まったなすは、ぱっと見、まるっきりうなぎの蒲焼きそのものだ。で、このナスの蒲焼きの下にも薄切りにした焼いた鶏肉が敷かれている。
各店で共通しているのは事前注文・配達へのきめ細やかな対応だ。群馬で鳥めし・とり重はイベント開催時や行楽地に行く際の弁当として親しまれている。そのため、「とり弁鶏」では同時に2000個まで配達可能と謳う。また、「登利平」では降雨などイベント中止の際には前日昼までキャンセルに対応、主力商品の鳥めし竹と鳥めし梅に限り、雨天中止の際には当日朝7時30分までキャンセルに応じるという。まさに、地元密着の弁当と言える。