ジンギスカンというと「北海道の味」と認識している人が多いだろう。しかし、岩手県の遠野や山形県の蔵王、長野県の信州新町や遠山郷などご当地ジンギスカンで知られるまちはけっこうあちこちにある。背景にあるのは綿羊で、木綿と絹が主流だった日本の服飾文化に、軍服などウールの必要性が生じ、明治政府が全国各地で綿羊を奨励したことから各地に綿羊が広がり、「役目を終えた使役動物はありがたくいただく」という日本の食文化から、それぞれ羊肉食が生まれていった。
「役目を終えた使役動物はありがたくいただく」ということは、当初食べられていたのはマトンということだ。マトンは脂身に特有の臭みがある。そのため、食べる際には、極力脂を落として食べる調理法が発達した。その典型がジンギスカン鍋だ。山型に盛り上がった鉄鍋で焼くことで、溶けた脂が下に落ちる。スリットの入ったジンギスカン鍋もよく見かけるが、これも脂を落とすのに一役買っている。千葉の三里塚にある御料牧場記念館に残る羊肉を焼くための鉄板も、平面だが表面には凹凸があり、やはり脂が流れ落ちるようになっている。
実は、北海道には2種類のジンギスカンの食べ方がある。焼いた肉にタレを付けて食べる「札幌式」と、タレに漬け込んだ肉を焼いて食べる「滝川式」だ。地域によって食べ方が異なる。「札幌式」ジンギスカンは、全国的にもよく知られているが、「滝川式」ジンギスカンはあまりなじみがない。確かに北海道以外でも、ジンギスカン鍋の山から滴り落ちてきた脂とタレが鍋の外周部に溜まり、ここで野菜を煮るように焼くことが多いが、北海道ではそれが顕著だ。その典型が、滝川発祥の漬け込み肉を焼く松尾ジンギスカンだ。松尾ジンギスカンでは、マトン特有の臭みを消すために、焼く前に独自のタレに漬け込んで臭みを消す。しかも、そのタレに、臭み消しの効果が高い一方、独特の臭いを持つにんにくを使わないことを売り物にしている。りんごとタマネギにショウガ、しょうゆをベースに多くの香辛料を加えたタレに肉をじっくりと漬け込む。
そして焼き方が非常に特徴的だ。滝川にある「松尾ジンギスカン本店」を訪ねた。同店のジンギスカン鍋はよく見かけるなだらかな山型ではなく、平らな鉄板部分と落ち込んだ鉄鍋部分がはっきりと分かれた構造になっている。鉄板の機能と鉄鍋の機能を併せ持つ「義経鍋」にも似た形状だ。
中央の鉄板部分では、漬け込みダレから取り出した肉を焼き、周囲の鉄鍋の「お堀」部分にはモヤシを中心とした野菜を入れ、そこに肉を取り出した漬け込みダレを注ぎ入れて煮ていく。東京にある松尾ジンギスカンの支店でも食べたことがあるが、ここまではっきりとは「焼肉」と「煮込み野菜」が分かれてはいなかった。焼いた肉とタレで煮込んだ野菜を合わせて食べるのが、本場流のスタイルなのだろう。
そんな「煮る」ジンギスカンの典型とも言えるのが、道北・名寄のなよろ煮込みジンギスカンだ。松尾の袋入りの漬け込み肉は北海道のアンテナショップや通販でも購入できるが、よく見るとタレの量が非常に多いことが分かる。知らないでいると、このタレを捨ててしまい、肉だけ焼き網やホットプレートで焼いてしまうのだが、名寄の家庭では、そんな「つゆだく」のジンギスカンを汁ごと野菜や豆腐類、さらには主食の麺や餅まで入れて煮込んでしまう。これが、なよろ煮込みジンギスカンと呼ばれる料理だ。
忙しい主婦が漬け込み肉に切った野菜などを入れて煮込むだけで手軽に作れることから、家庭を中心に広がり、いまや名寄を代表する味のひとつにまで数えられるようになった。第746なよろ煮込みジンギス艦隊が、B-1グランプリにも出展、なよろ煮込みジンギスカンと名寄のまちの知名度アップにも大きく貢献した。
実際に名寄で煮込みジンギスカンを食べてみよう。訪れたのは「鳥長」。創業75年の釜めしややきとりがメインの居酒屋だ。同店は、第746なよろ煮込みジンギス艦隊おすすめの店のひとつ。食べたのは、温玉煮込みジンギスカンだ。肉と野菜中心の、いかにも酒のつまみに好適な煮込みジンギスカンだ。
ひと口すすって、まずはその甘さに驚かされた。肉を主体とした鍋料理ではすき焼き、特に関東のすき焼きが非常に甘いが、それを上回るほどの甘さだ。しかし、不思議とくどさがない。非常に甘いにもかかわらず、それが美味さと同期しているのだ。不思議な感覚は、ラム肉も同様だった。
非常に薄く、削ぐように切るられているのだが、臭みが皆無なのだ。羊肉特有のくせが全くと言っていいほどない。肉の切り方と強い甘みが効いているのだろう。タレそのものの甘みに、さらに温泉卵の黄身の甘みや野菜の甘みが加わる。本来なら敬遠したくなるほどの強い甘みにもかかわらず、不思議と「美味しい」としか感じないのだ。
もう1軒、やはり第746なよろ煮込みジンギス艦隊おすすめの店「ビストロ」を訪ねた。注文した鉄鍋煮込みジンギスカンは「鳥長」とは対照的だった。汁は少なめ、甘さも控えめだった。肉にはしっかりと羊肉特有のくせも味わえた。そして、ジンギスカンには不可欠とも言えるもやしの存在感も大きかった。
餅やうどんも入った第746なよろ煮込みジンギス艦隊がイベントで提供する家庭風の煮込みジンギスカンも含めて、それぞれ個性が違うものの、いずれも名寄以外では食べたことのないタイプのジンギスカンだった。「煮込むジンギスカン」をベースに、各店各様の味わいが楽しめるのは、地元で食べ歩きには最適と言える。
個店のメニューだが、札幌の人気店「だるま」のジンギスカンも個性的だ。野菜がタマネギと少し長ねぎだけなのだが、たっぷりのタマネギを添えて羊肉を頬張ると、なんともビールが進むのだ。最近、東京・御徒町に支店がオープンしたので、東京でも味わえることになった。全国あちこちで食べられるように思う北海道のジンギスカンだが、現地だからこその味もある。やはり、現地に足を運んで食べてみることをおすすめしたい。