手羽先と言えば「なごやめし」の代表格の一つ。みそかつやひつまぶしなど、名古屋やその近郊で広く受け入れられ、愛されてきた食文化は個性的で、現在では名古屋圏に限らず広く全国に知られ、食べられるようになっている。そんな「なごやめし」普及の原動力ともなっているのが手羽先チェーンの全国展開だ。

鶏の手羽先を食べるのは、もちろん名古屋だけではない。全国で広く食べられているのだが、その中でも名古屋の手羽先が特徴的なのはからあげにしてスパイシーに味付けしている点だ。手羽先とは鶏肉の羽の先の部分で、ゼラチン質や脂肪が多く、肉が少ないため、かつては主に飼料用に使われていた。これを素揚げして甘辛いタレを塗り、スパイスやゴマをふりかけてピリ辛かつ香ばしく仕上げることで、人気メニューとなった。

手羽先のからあげのルーツを探ると、1963(昭和38)年の福岡県北九州市門司にさかのぼる。「風来坊」初代の大坪健庫氏が開いた小さな店で、客から乞われてメニューにはなかった鶏のからあげをつくった。これが評判を呼ぶ。九州、特に福岡県は鶏肉を好む土地柄だ。大坪氏はからあげをさらに美味しくしようと、たれづくりに没頭する。理想の味を求めて各地を渡り歩き、その末に完成したのが、現在も人気メニューとなっている鶏の半身揚げ、ターザン焼きだ。若鶏の半身をそのまま素揚げにし、熟成した秘伝のタレをつけ、各種の調味料で味をととのえた料理だ。

このターザン焼きを携えて名古屋にやってきた大坪氏は、熱田区比々野に居酒屋「風来坊」を開いた。ここで「手羽先のからあげ」が誕生する。そのきっかけは発注ミスだったという。ターザン焼き用の丸鶏の発注を忘れていたのだ。そこで、普段は捨てられていた、キッチンの片隅にあった手羽先に目が行く。これをターザン焼きの手法で調理したところ、肉とタレのバランスが絶妙で、半身揚げよりも手軽に食べられることもあり、評判になった。そして、ターザン焼きをしのぐ「風来坊」の看板メニューとなった。

そして「なごやめし」として地元で確固たる地位を築いた手羽先のからあげを全国に知らしめたのは、やはり「世界の山ちゃん」だろう。現在の岐阜県関市に生まれた「世界の山ちゃん」の創業者・山本重雄氏が、自衛隊での給食経験を経て、名古屋の居酒屋で料理修行を始める。たまたま修業先の隣が「風来坊」で、その手羽先の味に魅了される。

修行を終えた山本氏は、1981(昭和56)年に名古屋市中区新栄で「串かつ・焼き鳥やまちゃん」を開業する。もちろん、手羽先のからあげも提供したが「風来坊」の味はまねしようと思ってまねできるものではない。そこで1人でも無理なくつくれるよう、塩とこしょうを使い、甘辛の「風来坊」とはひと味違った、こしょうが効いた手羽先のからあげを完成させた。ビールにも良く合うこしょう味が評判を呼び、いつしか「風来坊」と並び称される人気店になった。

「風来坊」が愛知三重岐阜3県以外で展開するのは、北海道、富山県、埼玉県、東京都、大阪府、佐賀県に各1店舗のみだ。一方「世界の山ちゃん」は関東の25店をはじめ、北海道1、京都・大阪6、広島2と広く店舗を展開している。現在ではタイにも10店舗、台湾、香港にも各1店舗展開する。特に関東での知名度を高めたのは、まさに「世界の山ちゃん」だ。

ちなみに「串かつ・焼き鳥やまちゃん」が「世界の山ちゃん」になったのは、山本氏が弟を誘い、多店舗展開を始めたときだった。アルバイトがおもしろがって言い出した、「世界の」という接頭語を山本氏が気に入り、「世界の山ちゃん」そして「幻のこしょう」、「幻の手羽先」と大げさなネーミングを使うようになったという。

実際に人気2店を食べ比べてみよう。風来坊は、手羽の先端部分をカットし、肉がしっかり付いた部分だけを使うのが「世界の山ちゃん」との違いだ。肉質のジューシーさを残し、表面はパリッと二度揚げする。熟成タレを隙間なく塗りつけ、特選塩こしょうで仕上げ、ゴマをふる。盛り付けは、手羽先の右と左をそれぞれ分けて皮面を下に肉面を上にして扇形に並べ、細切りキャベツにパセリを添える。たれの甘辛さこそが、やはり「風来坊」ならではだ。

一方、「世界の山ちゃん」は、肉がほとんどない先端部分もカットせずにからあげする。そして味の決め手は「幻のこしょう」。このこしょうのレシピは、創業者一族とごく限られた関係者のみにしか伝えられていないという。注文時には、こしょうをどれくらい使うのか、好みで注文できる。

ちなみに「風来坊」は、フランチャイズ制をとらずのれん分けに徹し、もも焼きや手羽餃子など鶏料理にこだわり、「お食事処」を標榜する。これに対し、「世界の山ちゃん」は、フランチャイズ制を取り入れ、みそかつやどて煮、鉄板ナポリタンなど他のなごやめしも幅広く取り入れ、居酒屋チェーン風の営業スタイルになっている。そうした点も、2店の違いだ。

からあげばかりを紹介してきたが、実は「名古屋の手羽先」で忘れてはいけないものがある。台湾ラーメンで人気の中華料理店「味仙」の手羽先(紅醤鶏翅)だ。本醸造しょうゆにザラメ、赤唐辛子を加えて、手羽先をうま辛く煮た料理だ。からあげ同様、捨てる部位だった手羽先を、安くて美味しい料理に活用させたのが、そのルーツになっている。

紹介した3店の他にも、「鳥開総本家」はじめ、名古屋周辺には鶏料理、手羽先の名店・人気店は多い。ライバル意識もあるだろう、各店ともより美味しい手羽先への探求は怠らない。名古屋、愛知三重岐阜3県に足を運んだ際は、いろいろと食べ比べてみるといいだろう。