鯖はマグロやアジなどと並ぶ世界的に消費量の多い大衆魚だ。塩焼きや味噌煮、さらには鯖寿司など全国各地で様々な調理法で食べられている。そんな中、鯖をまるごと1匹、豪快に串に刺して焼いて食べる調理法がある。その代表格とも言えるのが、小浜市を中心に福井全県で広く愛されている浜焼き鯖だ。
以前、山奥でたたら製鉄を営む人々に向けて焼いた鯖を運んだ島根県雲南市の例をご紹介した。傷みやすい鯖をまるごと焼くことで保存性を高めて長距離を運んだ手法だが、それは小浜も同様だ。消費地はかつての都・京都だ。鯖を水揚げする小浜から京都までは約72キロ。コールドチェーンもなく、徒歩で72キロを運ぶには防腐加工が必須だった。
都であった京都は大都市。人口も多い。しかも、盆地。食材は広く各地から運んでこざるを得ない。若狭をはじめ、やはり魚介を都に送る志摩、さらには野菜を送った淡路などは「御食国(みけつくに)」と呼ばれ、京都との間に食材を運ぶ交通路が発達した。若狭ではその道は「鯖街道」と呼ばれた。
当初は、「針畑越え」と呼ばれる小浜から京都に向かってまっすぐ南下するルートだったが、距離こそ最短だが、実際は登山道そのもの。歩く気がうせるほどの急坂だ。やがて、険しさが比較的おだやかな保坂峠で山を越え、熊川宿、朽木を経て京都に至るルート、あるいは琵琶湖西岸を経て船で運ぶルートも取られるようになった。いずれにせよ防腐対策は必須だ。へしこに代表される塩蔵技術も発達したが、もっと手軽だったのが、水揚げてすぐに焼く浜焼きだった。
現在でこそ、浜で焼く鯖は地元産ではなくノルウェー産が多くなった。海水温の低い海域でとれた魚体の方が脂のりがいいからだ。しかし、浜焼きの技術は依然、地元で発揮される。大きなサバに串を打ち、それをじっくりと炙って浜焼きにする。なお、福井県内では小浜のある嶺南地区だけでなく、全県にわたって1本丸々焼く焼き鯖が食べられており、内陸の勝山や大野など奥越と呼ばれる地域では、「半夏生(はんげしょう、はげっしょ)鯖」と呼ばれ、夏至から数えて11日目の7月上旬に食べる習わしがある。殿様が、農作業で疲れた農民の栄養補給のため、鯖を食べることを奨励したことがきっかけといわれている。
では実際に小浜で浜焼き鯖を食べてみよう。訪れたのは、創業260年余の歴史を誇る浜焼き鯖の名店「朽木屋」だ。かつては「鯖街道の起点」の石碑が立っていた昭和のアーケード街・いづみ町商店街の中央部に店があったが、道路拡張に伴い商店街がなくなり、旧店舗のすぐ近くに新築、再オープンした。
とはいえ、今も昔もその風情は変わらない。店内にはロースターが置かれ、そこで常に鯖を焼いていいて、店頭には焼きたての浜焼き鯖がずらり並べて売られている。新装店舗では2階が食堂になっていて、そこで浜焼き鯖丸々1本を皿にのせた、浜焼き鯖定食を食べることができる。
初めて小浜の浜焼き鯖を食べた際、食べ方を知らず、串を手に持ってかぶりついた記憶がある。実は浜焼き鯖はほぐして食べるのが一般的だ。そもそも大きな鯖を1本、丸ごと焼くので、一人ではとても食べきれない。それをほぐして、家族で分け合って食べるのが、地元流だ。
とはいえ「朽木屋」では1人前に1本ずつ浜焼き鯖が供される。やや小ぶりとはいえ、満腹は必至だ。定食には小皿が添えられていて、そこにはおろしショウガものる。浜焼き鯖をつついてほぐし、それを小皿にとってショウガじょうゆで食べるのだ。
実は、常温のままで食べるのも地元流だ。鯖を開かずに時間をかけてゆっくりと焼くため、余分な水分が抜けるとともに、適度に脂を保ったままで焼き上がる。そのため、レンジなどで急速に加熱してしまうと、せっかく保っていた脂が溶け出てしまうことになる。なので、加熱せずにそのまま食べるのだ。
鯖は背の部分と腹の部分、頭寄りと尻尾に近い部分ではけっこう脂のりが違う。この味わいの違いを楽しみながら食べるといいだろう。特に頭寄りの腹の部分。わたを取った後の部分の脂のりが抜群だ。そこをとって、福井県産コシヒカリの上にのせて、掻き込む。日本人に生まれし幸せが噛みしめられる。
「朽木屋」では、浜焼き鯖定食に、北陸を中心とした日本海側特有の鯖の加工品、へしこも添えることができる。へしこは鯖を塩蔵した上でぬか漬けにしたもので、とても塩辛いが、半面、抜群のうまみを持つ。酒のつまみには最高だ。また、お茶漬けもメニューに載る。抜群のうまみと塩辛さはお茶漬けにも最適なのだ。
そもそもは京都まで徒歩で運ぶために編み出された、焼いて保存性を高める手法だが、生の鯖に手を加えることによって、生鯖を調理するのとはまた別の美味しさが編み出されたこともまた間違いない。京都に至る鯖街道の道すがらには、随所に鯖を使った押し寿司もある。様々に手を加えた鯖は、それぞれに違った美味しさを生み出した。塩焼きでもシメサバでも味噌煮でも美味しい鯖だが、焼き鯖にも焼き鯖なりの美味しさがある。ぜひ、本場に足を運んでその美味しさを確かめてみてほしい。