漁夫のプリン「銚子の伊達巻」

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お正月のおせち料理などとして、全国で広く食べられている伊達巻。白身魚やエビのすり身に卵黄や溶き卵、出汁を加えてよく混ぜ、みりんや砂糖を加えて焼き上げたものを、熱いうちに巻き簾で巻いて形を整えるのが一般的な調理法だ。しかし千葉県銚子市の伊達巻は少し違う。魚介を使わず卵だけで伊達巻を作るのだ。

銚子の基本は扇型

しかもやたらと分厚い。分厚いままに、渦を巻かず、扇型に盛るのが特徴だ。卵を泡立てて甘く焼くため、「漁夫のプリン」とも呼ばれている。魚介を足さない分、卵の香りと弾力が強く、きめ細かい食感になる。また独特の甘さがあり、それが「漁夫のプリン」と呼ばれる所以だ。

魚介のすり身が入り渦を巻くのが一般的

伊達巻の語源には諸説ある。一つは着物の着崩れを防ぐために帯の下にしめる帯のことを伊達巻と呼ぶからというもの。さらには、伊達男のように「豪華な」「魅力的な」を意味する「伊達」に由来するというもの。魚介が入るため、「豪華で」「魅力的」という意味合いから伊達巻と呼ぶようになったという。卵だけの銚子の伊達巻だが、それでも「豪華で」「魅力的」であることは間違いなく、伊達巻と呼ぶにふさわしい。

銚子のランドマーク・犬吠埼灯台

銚子の伊達巻は、市内の寿司店「大久保」で誕生したとされる。当代の6代前にあたる大久保文蔵氏が明治の初めに細工寿司の一種として創案した「伊達巻鮨」がルーツだ。これが市内の寿司屋に広がり、銚子名物になったとのこと。

元祖店の「大久保」

となれば、まずは「大久保」でその味を確かめることにしよう。店は、銚子駅前から外川漁港までを結ぶ県道244号線沿い、駅前の商店街の一角にある。立派な店構えに、歴史を感じさせる。店内も広く、店の内外にのぼりや張り紙などで「伊達巻鮨発祥の店」をアピールする。

メニューには「入り」と「抜き」がある

細工寿司なので、メインと言うよりも料理に華を添える存在のようだ。メニューには並、上、特上、おまかせとセットメニューにそれぞれ「伊達入り」と「伊達抜き」がある。「入り」が先に表記されているということは、基本は「伊達入り」ということなのだろう。

「大久保」の「伊達入り」上寿司

上寿司の「伊達入り」を注文する。出てきた皿の最前列中央に伊達巻鮨は鎮座していた。巻物や握りが並ぶラインナップから判断すると、寿司桶には必ず入る玉子の代わりとなる位置づけと感じた。そう考えると、ビジュアルこそ派手だが、寿司の構成としては違和感はない。

シャリも握りではなく巻き

通常の玉子寿司は握りスタイルだが、「大久保」の伊達巻鮨は巻物スタイルだ。シャリも巻きになっている。海苔の代わりに卵焼きで包む巻き寿司や茶きん寿司の近似系とも言える。押し寿司などと並ぶ大阪寿司の一種である茶きん寿司的な味わいと、江戸前の握りの卵焼きと融合させたようなイメージだ。いずれにせよ、東京でも大阪でも見かけないスタイルであることは間違いない。

持ち帰った市内「あづま寿司」の伊達巻すし

江戸前の卵焼きなので、基本は甘い。とはいえ、「プリン」と呼ばれるほどには甘くはなかった。ほどよく甘い。食感はすり身が入っていない分、ぷるぷる感が強い。卵焼きのように噛むと崩れる感覚はないが、すり身入りの伊達巻のような練り物・かまぼこ的食感もない。プリンと伊達巻きの中間のような歯触りだ。

利根川対岸の波崎でも銚子スタイル

個人の感想だが、甘さも含めて、だし巻き卵のようにして酒のつまみにするにはちょっと不向きなように感じた。お弁当の甘い卵焼きの感覚に近い。酒よりも米粒に相性がいいように感じた。

銚子駅そばの「銚子セレクト市場」

銚子では、伊達巻寿司だけでなく、伊達巻単体でも魚介レスが一般的だ。駅近くにある「銚子セレクト市場」で、テイクアウト用の伊達巻、伊達巻寿司を購入、持ち帰りができる。伊達巻寿司だけ食べてみたいという人は、ここで買って帰るのがいいだろう。

出汁が滴る「鈴木フーズ」の伊達巻

伊達巻単体は、「なべや鮮魚店」と「鈴木フーズ」のものを購入した。伊達巻寿司とは違い、扇形ではなく、いずれも巻きスタイルだった。パックの原材料を確認すると「卵(国産)、味醂、砂糖、かつおだし、塩、油(サラダ)」とあった。やはり魚介のすり身は入っていない。「鈴木フーズ」製は袋入りで、袋を開けると出汁がこぼれ出た。「なべや鮮魚店」製も含めて寿司店の伊達巻寿司に比べて出汁が強いように感じた。ただし、「鈴木フーズ」製はやや甘みが強かった。

「なべや鮮魚店」の伊達巻

銚子の伊達巻は調理に手間がかかるだけでなく、添加物を使わないため日持ちがしない。そのため、外へ出ることがほとんどない。とはいえ、ルーツの寿司店だけでなく家庭でも惣菜としても食べられているなど、地域の暮らしの中にしっかりと根ざした食文化のようだ。寒流の親潮と暖流の黒潮がぶつかり合い、そこに利根川の栄養分豊かな水が混じる日本屈指の豊かな漁場を抱える銚子港。魚介の美味しさには定評がある。銚子の魚を食べに行く際は、ぜひ伊達巻の存在も思い出してほしい。

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