焼きたての美味「銚子のぬれ煎餅」

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ぬれ煎餅を買って下さい、電車修理代を稼がなくちゃいけないんです――。後に、千葉のローカル私鉄・銚子電鉄が経営危機から脱却するカギを握ることになるぬれ煎餅が誕生したのは、まだまだ多くの市民が電車を利用していた昭和30年代後半のことだという。

焼きたてのぬれ煎餅

ぬれ煎餅は、1960年ごろに銚子の菓子店「柏屋」が、せんべいのおまけとしてあみだし、1963年に「ぬれせん」として商品化したもの。野田と並ぶしょうゆのまちとして知られる銚子ならではのしょうゆを染み込ませた煎餅は話題になり、その後イシガミなど多くの企業が「ぬれ煎餅」や「ぬれせんべい」などの商品名で市場参入、これによって大きく市場が広がった。

銚子電鉄外川駅

鉄道会社である銚子電鉄が、ぬれ煎餅を手がけるようになったのは1995年のこと。昭和30年代には年間250万人以上を運んでいた銚子電鉄だが、平成に入ると100万人を切り、廃線の危機に直面していた。そこで、慢性的な経営難の打開策として、すでに銚子の名物になっていたぬれ煎餅の製造販売に参入することになり、イシガミが銚子電気鉄道を支援する形で、無償で技術指導した。

手書きの運賃表の隣でぬれ煎餅を販売

しかし2006年には、当時の銚子電鉄社長の横領が発覚。追い打ちをかけるように国土交通省の監査が入り、老朽化した線路や踏切の改善・修理の命令が出される。さらには電車の車検に当たる法定点検にも多額の支出が必要となった。行政からの補助金も打ち切られ、廃線はもちろん、倒産の危機が目前に迫った。

銚子電鉄直売所ぬれ煎餅駅

できることはぬれ煎餅の販売を増やし、多額の費用を捻出するしかない。藁をもつかむ思いで、会社のホームページに書き込んだのが「ぬれ煎餅を買って下さい、電車修理代を稼がなくちゃいけないんです。」だった。しかし、これが起死回生のきっかけとなる。必死の叫びは反響を呼び、この書き込みを見た多くの人たちがネット上でぬれ煎餅の購入を呼びかけ、鉄道の存続につながった。このエピソードとともに「銚子=ぬれ煎餅」は全国に知れわたることになった。

真っ白でペラペラの生煎餅

この結果、銚子電鉄は2022年3月期決算で6年ぶりに黒字転換、2023年3月期決算では純利益が前年から約56倍に増えて1196万円となり、2年連続の黒字を達成した。ちなみに、鉄道事業以外の副業の売上高が、過去最高を記録、副業の売上高の実に8割がぬれ煎餅によるものだという。ある意味、ぬれ煎餅が本業と言っても過言でないほどだ。

生煎餅を焼き網にのせる

ぬれ煎餅は、犬吠駅、仲ノ町駅、笠上黒生駅、外川駅でも買うことができるが、銚子電鉄の線路からかなり離れた場所にも直売所であるぬれ煎餅駅がある。ここではぬれ煎餅だけでなく、「経営状況がまずい…」ということで発売したまずい棒やラーメン、カレーなど多種多様なコラボ商品を取り扱う。

外周が縁取りのようにうっすら膨らんでくる

また、直売所ぬれ煎餅駅と犬吠駅の売店ではぬれ煎餅の手焼き体験も可能で、その場で焼きたてのぬれ煎餅を食べることができる。せっかくなので、実際に体験してみた。

膨らみを押しつぶすとひびが入る

手焼き体験は1枚100円。焼き網の上にトングで生煎餅をのせる。焼く前の真っ白な生煎餅は思いのほかペラペラだった。焼き網の上では、絶えず裏表にひっくりかえす。手を休めてはいけない。しばらくすると、外周が縁取りのようにうっすら膨らんでくる。これが膨張のサイン。しばらく何度もひっくり返していると、生煎餅の中心部がみるみる膨らんでくる。これをトングで強く押さえ、膨らみを潰す。

焼き目がついてきたら焼き上がり

ひっくり返しては膨らみを潰すを繰り返していると、外周にひびが入ってくる。ペラペラの生煎餅が、あっという間にいつものぬれ煎餅の形になってきた。さらに繰り返すうちに、表面に焼き目が現れる。しっかりと焼き目がついたら焼き上がりだ。

焼きたてをしょうゆだれに浸せば完成

これをトングでつまんで、しょうゆだれがたっぷりと入った壺の中へまるごとドブンと浸せばできあがりだ。良くしょうゆだれを切ったら食べごろ。熱々のぬれ煎餅は、普段食べる袋入りにはない格別の美味しさがある。こんなに美味しく焼けた自分を褒めたくなる。

コラボ商品にはカレーやラーメンも

こうなると他のお土産にもつい手が伸びてしまうから不思議だ。直売所は結構広く、コラボ商品の他にも銚子名物の干物なども取り扱っているので、どれにしようか迷ってしまう。

工場に隣接するイシガミ犬吠店

イシガミのぬれ煎餅、ぬれおかきは犬吠の工場に隣接する売店の他、駅前、まちなかの新生店でも買うことができる。また、犬吠店では、ぬれ煎餅、ぬれおかきの実演見学も可能とのこと。見学希望の際は、事前に問い合わせるといいだろう。

「柏屋」のぬれせん

元祖の「柏屋」ものぞいてみた。細い路地の住宅街の中にあり、店舗ではなく住居と見まごうほどの小さなお店だった。玄関先のような狭いスペースに焼き場があり、さかんに煎餅を手焼きしていた。袋入りのぬれ煎餅を買うと賞味期限58秒という「ゆげたち」が購入可能とのこと。さっそくお願いする。ぬれ煎餅ではなくハードタイプの煎餅だが、こちらも焼きたての美味しさは格別だった。

賞味期限58秒

近年では都心の土産物店や通販でも買うことができるようになった銚子のぬれ煎餅。しかし、自分で手焼きした焼きたての味は、やはり銚子に行かないと味わえない。1枚100円の焼きたてを求めて、特急電車に飛び乗ってみるのもいいかもしれない。

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