埼玉県川島町は、川越市や東松山市、上尾市など東京のベッドタウンに囲まれた、埼玉県のほぼ中央に位置するまちだ。都心から約45キロほどながら町内に鉄道がなく、ベッドタウン化に取り残され、町内には田畑が広がり、「都会に一番近い自然豊かなまち」として知られている。近年は圏央道の開通により、農業だけでなく物流の拠点としての重要性が高まっているが、食文化的にはやはり農業に根ざした点が特徴だ。
夏の農耕食・すったってとともに冬の川島町の味として知られているのが、大豆をすりつぶし、汁仕立てにした呉汁だ。稲作が盛んな川島町では、古くから田んぼのあぜに大豆を一緒に栽培していた。大豆はやせた土地でも十分に育ち、また大豆の根にある根粒菌が空気の中の窒素を取り込み、田んぼに流れ込むことで稲の肥料にもなることから、あぜ道を有効に使って栽培が行われてきた。田んぼのあぜで栽培することから、「たのくろ豆」とも呼ばれている。
すったては、夏場の農作業の暑さしのぎとして食べられてきたが、一方で呉汁は、体を温めるだけでなく、冬場の貴重なタンパク源としても重宝されてきた。秋、肌寒くなってきた頃に、たのくろ豆を収穫、各家庭で収穫したばかりの豆をすり鉢ですり、呉汁を作っていた。しかし近年は、調理が面倒なことや核家族化の進行などで、郷土食である呉汁があまり食べられなくなってきていた。そこで川島町商工会が、夏のすったてとともに、冬の川島町の名物料理として呉汁をアピールするようになった。
商工会のホームページによると、そのレシピは、たっぷりの野菜とシャキシャキした芋がらの食感が最大の特徴だ。まず大豆を洗って、たっぷりの水に一晩つけておく。すり鉢で少し粒が残るように大豆をすり潰し「呉」を作る。だしに、サトイモや根菜、ネギ、白菜などの葉物野菜、ナスやカボチャ、さらにはマイタケなどのキノコ類など、10種類以上の野菜を入れ、火が通ったら「呉」を入れる。大豆が柔らかくなったら、水で戻したいもがらを入れ、味噌で味付けすれば完成だ。
実際に川島町を訪れて呉汁を食べてみよう。まず訪れたのは、すったてでも知られる、川島町を代表する行列店「本手打ちうどん庄司」だ。季節限定メニューとして5~9月はすったてを、11~3月は呉汁を提供する。食べ方は、煮込みうどんとつけめんの2種類。コシの強い武蔵野うどんの人気店ということもあり、煮込みではなく、つけめんでいただくことにした。
呉汁つけめんは、やや黒みがかった武蔵野うどんのざるが、蓋がのせられた土鍋と共にテーブルに運ばれてきた。「やけどするので」とまず蓋を取ってくれる。土鍋の中では、呉がのせられたみそ汁が泡を立てて沸騰している。そこに、冷水で締めた歯ごたえ満点のうどんを浸して食べる。
「本手打ちうどん庄司」の呉汁の最大の特徴は、すったて同様、味噌に豆味噌、八丁味噌を使っている点だ。深い色のスープを見れば、一見して八丁味噌だと分かる。大豆と塩のみを原料に木桶に仕込む八丁味噌ならではの、大豆のうま味を凝縮した濃厚なコクと酸味、渋味のある独特な風味を味わえる。
具も豊富だ。まず目をひくのは、山のように盛られたすりつぶした大豆。これを少しずつつけ汁に溶かしながらうどんを浸していく。固く締まったうどんはつけ汁を跳ね返すほど。しっかりと浸さないと、うどんが汁を伴わない。その点では、煮込みにすれば良かったかなと一瞬思ったが、一方で、このうどんこそが「本手打ちうどん庄司」ならではの魅力でもある。時々汁をすすりながらうどんを食べ進んだ。
サトイモなど葉柄の芋茎と呼ばれる部分を乾燥させたいもがらも魅力的だ。北関東では、いもがらだけでなく、干し芋や凍みこんにゃくなど干した食材を冬の保存食としてよく食べる。干すことによってうまみが増すと共に、独特の食感が生み出される。茨城のつけけんちんそばでもそうだったが、味噌味の汁との相性は抜群だ。
ダイコンの色を見れば、しっかりと煮込まれていることが一目瞭然だ。さらにレンコンやニンジンなど素朴な野菜に川島町の「農村風景」が思い浮かぶ。基本は夏野菜だが、肉汁うどんなど冷たく締めた麺を熱々のつけ汁で食べる埼玉風のうどんにはナスは欠かせない。素揚げしてあるのだろう、油でつやつやしたナスもまた存在感が高い。
食べ進めると、汁の中に原形をとどめた大豆も散見された。商工会のレシピにもあるように大豆を潰しすぎないことがおいしい呉汁のポイントだ。濃すぎないつけ汁は抜群の美味しさで、薄めることなく、最後まで飲みきってしまった。
念のためもう1軒、地元の味をチェックしておこう。訪れたのは、表通りから入った行き止まりの路地奥にある居酒屋「ぽんぽこ家」。週末には各地から訪れる客が駐車場の空き待ちの渋滞を引き起こす「本手打ちうどん庄司」とは違い、地元客がターゲットのお店のようだ。訪れた日は、他に客はいなかった。
「ぽんぽこ家」の呉汁うどんは煮込みスタイルだった。大豆の形を少し残した呉が予め汁に溶け込んでいる。野菜のバリエーションは「本手打ちうどん庄司」に勝っていた。特に好感が持てたのが、春菊とサトイモ。春菊ならではの苦みが、呉を含んだ味噌味の汁といいコンビネーションだ。
サトイモは、カボチャほど甘すぎないのがいい。おいしい出しを含んだねっとりとしたサトイモが魅力的だ。
うどんは、ごく一般的な食感のうどんだ。専門店「本手打ちうどん庄司」の武蔵野うどんと比較すべきではないだろうが、ある意味、この麺がごく一般的な家庭の呉汁うどんの食感なのだろう。町内の他店では、中華麺や日本そばを使った呉汁もある。鉄道こそないものの、クルマなら都心からも遠くない。町内を食べ歩いてみるのも面白いかもしれない。