冷麺というと、焼肉のシメに最適の、牛骨スープで食べる韓国朝鮮の麺料理を思い浮かべる人が多いだろう。しかし、大分県別府市では、一風変わった冷麺が地元ならではの味として愛され続けている。別府冷麺だ。
本場の冷麺との最大の違いはスープだ。本場が牛骨スープが基本であるのに対し、別府では魚介をベースとした和風だしが特徴になっている。その背景にあるのが、かつての中国東北部(満州)への移民の歴史だ。中国東北部は地図を見れば分かるように、朝鮮半島とつながっており、韓国朝鮮系の人たちも多く暮らしている。この地に移り住んだ日本人たちが、戦後日本に持ち帰った味が、現在の別府冷麺のルーツにある。
温泉地でもある別府は、軍需工場が主な標的となった空襲に遭うこともなく、その被害が少なく、戦後、旧満州から多くの人が引き揚げてきた。そうした人たちの中にいた料理人が、1950年ごろに別府で冷麺店を始めたと言われている。その際、日本人の口に合うよう、和風にアレンジしたことから、牛骨スープとはひと味違った別府ならではの冷麺が誕生した。地元では、単に「冷麺」といえば、和風魚介スープ味を指すが、近年、ご当地グルメとして、別府冷麺と区別して呼ばれるようにもなった。
興味深いのは冷麺専門店の存在。焼き肉店のシメだけでなく、冷麺を専門に扱うお店があり、それぞれに違いがある。冷麺専門店では、もちもちした太めの麺で、キャベツのキムチが添えられるのに対し、焼肉店では、つるつるとした中細麺で、白菜のキムチを添えることが多い。さらには、ラーメン店や居酒屋でも幅広く別府冷麺が提供されている。それほど、別府市民の舌に別府冷麺の味が強く染み込まれているというわけだ。
実際に別府で冷麺を食べてみよう。訪れたのは、地元で人気の「冷麺の胡月」。冷麺専門店だ。一度閉店したものの、代替わりして復活した。店頭には「別府冷麺発祥の店」の横断幕が掲げられ、そこには「別府冷麺とは」と3つのポイントが定義されている。
一、そば粉配合のコシの強い麺
一、キャベツの自家製キムチ
一、牛肉のチャーシュー
冷麺専門店なので、メニューは冷麺と温麺のみ。多少トッピングと量のバリエーションがある程度だ。早速冷麺を注文する。開店直後の入店だったが、席はほぼ満席で、人気のほどがうかがえた。
きれいに折りたたまれた麺は、横断幕通りコシの強い太麺だ。ただでさえコシが強い上に、麺が太いのだから、噛み切る際には奥歯に力が入るほど。麺の色からそば粉をが入っていることが分かる。
スープは昆布が効いた和風だし。とてもあっさりと、それでいて深みのある味わいだ。透明度の高さからは薄味を想像させるが、なかなかどうしてしっかりした味わいだ。折りたたまれた麺の上にキャベツのキムチ、牛肉のチャーシュー、そしてゆで卵が重ねるように盛り付けられている。
やはり個性的なのはキャベツのキムチだ。チャーシューの下に隠れているので、最初はキャベツと気がつかなかった。噛みしめると、やや強めの歯ごたえにキャベツと気づいた。その歯ごたえは、コシの強い麺とともに独創的な食感を生み出している。あっさり和風味のスープとこのキャベツのキムチこそが、他のまちの本格冷麺との最大の違いであり、別府冷麺ならではの魅力だ。
温麺も味わってみよう。せっかくなので、温麺は店を変えて味わってみることにした。訪れたのは、餅ヶ浜海浜公園のそば、国道10号線沿いにある「きりん亭」だ。その店構えは、どこのまちにでもありそうな「近所のラーメン屋さん」の佇まい。小上がり席が多く、どこか家庭的な雰囲気を漂わせる。
迷わず温麺を注文する。まず先にキャベツのキムチだけが別皿で登場した。白菜ではないことが一目瞭然だ。しばし待つと、ラーメンどんぶりに盛られた温麺が登場した。麺の上に盛られたモヤシが目に付く。シャキシャキしたモヤシが温かいスープに浸されて、独特の食感を醸し出す。
スープには明らかに脂が浮いている。だしは豚骨だそうだ。ひとくちすすると、明確に脂がスープにコクを加えている。しょうゆ味だが、「胡月」のあっさり和風とは明らかに一線を画す。これに酸味が効いた、まだシャキシャキ感が残るキャベツのキムチを浸すと、これまたいい塩梅になる。スープを温かくすることで、香りが立つと同時に、まろやかさも加わる。
麺は「胡月」に比べやや白い。オープンキッチンの端の方には押し出し式の製麺機も見える。押し出し麺らしいコシの強さは健在だ。
ラーメンは、中国の麺料理をもとに、日本風にローカライズされ、日本の国民食になった。別府冷麺も、ルーツとなる冷麺をベースにしながらも、日本人の舌に合わせて誕生した味だ。ただし、味わえるのは別府周辺だけ。現地を訪れた際には、ぜひ食べてみることをオススメする。